今日のテーマに関連して、東洋医学の聖典、『黄帝内経』の「上古天真論」に少し触れてみます。
この中国の古典には、「恬惔虚無(てんたんきょむ)」という言葉が出てきます。これは、心があっけらかんとしておおらかで物事にとらわれず、穏やかで落ち着いた状態を意味します。
そのような心の在り方こそが、病を防ぐ秘訣であると説かれています。
私自身も、この教えを心に留めながら、瞑想や呼吸法、登山や神社参拝を通して、心身を整えるよう努めています。また、一日に一度は家族そろって食卓を囲み、家族との時間を大切にしています。
心は環境に影響される
先日、特に思い当たる理由もないのに、なんとなく気分が晴れないという女性患者さんとお話ししていました。
その時、ふとお住まいの様子が気になり、お尋ねしてみました。
すると、同居されていた亡きおじさんの持ち物が別の部屋にそのまま残され、庭にはおじいさんが大切に育てていた植物が、手入れされないまま枯れているとのことでした。
患者さんが片付けようとしても、お母様は「そのままにしておいてほしい」とおっしゃるため、その状態が続いているそうです。
私は、枯れた植物や壊れたもの、長く使われていない物がそのままになっていると、家の「気」は滞りやすくなると考えています。
そのような環境は、家全体の空気や雰囲気を重くし、住む人の心や体にも少なからず影響を与えることがあります。
もちろん、この患者さんの場合は母子関係のお悩みも重なっているため、住環境だけが原因とは言えません。
しかし、これまでの臨床経験を振り返ると、生活環境を整えることと治療を並行して行うことで、比較的短期間に良い方向へ向かう例を数多く経験してきました。
神社の「気」が教えてくれること
一方で、神社の清々しい雰囲気には、どこか特別なものがあります。
私が時折参拝する神社も、いつも清潔で、澄んだ心地よい「気」に満ちています。
なぜなのでしょうか。
もちろん、神様がお祀りされていることもあるでしょう。しかし、それだけではないと私は思います。
境内は丁寧に掃き清められ、お祭りや祈りが絶えず営まれ、多くの人が心を込めて手入れをしています。その積み重ねが、その場の「気」を整えているのではないでしょうか。
そして、そのような神社に身を置くことで、ご神気に触れ、自分自身の心も自然と清々しく整えられていくように感じます。
私の郷里では過疎化が進み、今では世話をする人もいなくなった小さな神社があります。
朽ちかけたその神社には、どこか寂しさが漂い、以前のような清々しさは感じられません。
私は、この光景から、人の手や人の心が加わることで、場の「気」は育まれていくのだと教えられました。
これは家庭でも同じではないでしょうか。
日々掃除をし、花を飾り、家族がお互いを思いやる気持ちで過ごす。
そんな日々の積み重ねが、家の雰囲気をつくり、住む人の心にも良い影響を与えてくれるのだと思います。
そう考えると、毎日、家事全般を担ってくれている妻には、改めて感謝の気持ちが湧いてきます。
日常で「気」を整える小さな一歩
私たちは、普段あまり意識していなくても、毎日さまざまな「気」を感じながら暮らしています。
その「気」に少しだけ意識を向け、自分の周りを整えてみる。それだけでも、心や体は思いのほか軽やかになるものです。
家を整えること。
家族との時間と意思疎通を大事にすること。
自然の中を歩き触れること。
神社で静かに手を合わせること。
こうした何気ない日々の営みは、自分自身だけでなく、周囲の「気」をも整えてくれます。
今日できる小さなことを一つ。
そこから、心地よい毎日が始まるのかもしれません。





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