日々のしおり

言葉を通じて伝わるもの

診察室の窓

まだまだ草花を楽しめますね

 東洋医学では、感情の過不足による病を『七情の病』として具体的な身体状況から捉えます。

 「七情の病」は現代病のほとんどに関係しているのです。

 例えば、世の中には怒りをエネルギー源にして生きている人がけっこう多いですが、一口に「怒り」と言ってもそれぞれの人が持つ、心の鏡によって様々な映り方をします。

 このことは、誰しもが経験的に知っていることです。
同じ状況であっても、イライラする人・しない人、怒る人と笑いが起こる人などがいる訳です。

 ある患者さんの場合は、怒りの対象となり困憊してしまっているケースでした。

 恋愛関係で、会いたいと思っているのになかなか会えない。そしていつも一人で過ごす時間が多くなると、寂しさがつのります。

 まして、大切な相手の状況の忙しさ、大変さやしんどさを察知できると、相手に負担をかけてはいけないと思いやりの気持ちで寂しさをこらえます。

 そしてこらえにこらえて、寂しさが積もり積もると、一転して怒りに変わるのです。

 すると寂しさが、相手に対する思いやりが、今度は心ならずも怒りという矢になって、大切であったはずの相手に飛んでしまうことになります。



 このプロセスを、自覚できる人はまだいいのです。自分で出口を探すことができるのですから。

 問題なのは、抑圧の期間が長く、その抑圧の力が大きく積もり積もり、それが心のフタとなって本人の自覚できる意識からそのプロセスと自覚が消えてしまった場合です。

 すると何となく疲れやすい、やる気が出ない、なんとなくといった不調が身体のあちこちに現れます。

 ちょっとしたきっかけで、なぜか会社や学校に行けなくなったりするのです。

 もう、心の中がいっぱいいっぱいの状態だからです。


 このような場合、きっかけをいくら詮索しても、解決にはつながりません。

 ましてや、無理に行かそうとすると確実に悪化します。

 本人は、見た目に反して内面的には、あせります。

 意思としては行きたいのに、なぜかいけない・・・

 さらに深刻になると、顔から表情が消え、心の動きを止めるために外界との接触を嫌うようになります。


 うつ病も同じなのですが、自分の中に深く押し込めてきた感情に触れることができるようになると、自分自身のやさしさに気づくとともに、周囲に愛情を感じるようになります。

 わけもなく泣けるようになると、氷が融ける様に好転してきます。

 この期間とプロセスは、人により様々です。


 悲しみや寂しさを怒りで抑えつけたり、また溜め込んで一気に怒りが噴出したり・・・

 周囲の人は戸惑いますが、本人が見失ってしまったものを、周囲が認識して待つことができると、必ず良くなるものです。

 心は空の雲のようなもので、形はあるように見えても決まった形はありません。

 十人十色の事情とプロセスがあるように、このケースは一例でしかありません。


 良くしてあげようと、あせらないことです。また、無理に言葉で、押さえつけないことです。

 投げかける言葉とは裏腹に、不安な気持ちで見守ると、不安な感覚が相手に伝わります。

 どれだけ本人を信頼して、見守ってあげられるか・・・これが、最も辛い本人には安心感として伝わります。

 人は、放たれた言葉そのものよりも、その言葉に込められた心や気持ちを感じるものです。

 言葉は多少足りなくとも、気持ちは伝わる感性をみんなが持ち合わせています。

 本人の持っている力を、どれだけ信じて見守ってあげるか・・・やはりこの点がポイントだと筆者は重ねて思います。

 鍼専門 いおり 鍼灸院

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