日々のしおり

飮食の大事さ

飮食について

つぼみ、ほころんできてますねぇ

 前回、食べ物の選択について書きましたが、今回は量について。

 毎日口にする飮食が、どれだけ大事なものであるかは、どなたも認識しておられると思います。

 現代は、少なくとも物質的には豊かな時代であることを、まずしっかりと認識してください。

 古来、先人が説いておられることで、現代まで一貫していることがあります。

 それは、『過ぎること』です。

 人は誰でも様々な「欲」がありますし、これはこれで大切なことです。

 例えば、食欲が無くなることは、即、生命の存亡にかかわります。

 しかしながら平常においては、どちらかと言えば『過ぎること』で心身を病むことが圧倒的に多いのです。

 誰でも、欲に従う 『もっと食べなさい・摂りなさい』 という言葉は、言いやすいものです。

 過ぎた欲を戒める言葉は、言いにくいものです。

 このことを心ある先人は、説き続けているのです。

 「腹八分、医者いらず」とは、あらゆることに通じる金言です。

 現代では、本来商品にならない『健康』が商品として売り出されています。

 不健康⇔健康という図式で、不安を創出するとそこに需要が生じます。

 何か特別なものを食べたからと言って、実現する健康状態など幻想以外のなにものでもありません。 
 一昔前の先人は、有機栽培・無農薬の食物を摂っていたではありませんか。
 それでも、病とは無縁でなかったからこそ、医学が存在し続けてきたのです。

 さらに、毎日心も体も、快調、快調、絶好調! なんてあり得ません。

 人は、快調と不調の間を揺れながら行き来する過程で、ときに病となりつつも、多くのことを学びながら生きるのが人生というものです。

 『健康』とは、人それぞれの生き方の反映であり、決してお金や物で買うことのできないものです。

 絶対的貧困の状態であれば、生き方もなにも無いのは当然ですが、現代は摂りすぎても不足することは無い時代です。

 この豊かな時代を享受し、豊かな毎日を実現するにはどうしたらいいのでしょうか。

 それに対して筆者は、『欲』は、使うものであって使われるものではない、ひとりひとりの心身の処し方に在ると思っています。

 このように書いてますが、なかなかこの『欲』というものは、制御しがたいものです。

 ただ大事なことは、病的・不調な状態になってしまったら、『過ぎること』と『摂する』ことの狭間に揺れながら生きてる、自分と向き合うことだと体験的に思います。

読者諸氏はいかがでしょうか。

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