大阪医療技術学園で、鍼灸医学を学んでおられる川村淳子さんが、昨日治療所で色々お話しさせていただいたことを、早速フェイスブックに投稿してくださいました。
https://www.facebook.com/junko.kawamura.90038?fref=pb&hc_location=profile_browser
なんか、うれしくなってしまい、筆者も書きたくなりました。
この時期、戦争の悲惨さを伝えるメッセージが多くなりますね。
確かに、筆者も戦争には大反対です。
ですが、開業当時(平成元年)には、まだ戦争体験をお持ちの患者さんがたくさんいらっしゃいました。
暇なときには、よ~く戦争体験を聞かせてもらったものです。
輸送船が魚雷で沈没して、海に浮かんでいるところをグラマンに狙い撃ちされた。
激戦地で次々に仲間が弾に当たって、自分も中ってしまった。
大陸で昼夜の行軍で中に、次々と人が倒れて置き去りになっていく。
まだまだあります。
筆者が出会った方々、遠くを見るように悲惨な体験を話されるのですが、それがだれ一人としてトラウマになっていないのですよ。
むしろ、楽しげな様子なのです。
10代から20代の青春時代を覆った、戦争。
なんか、この人たちには、かなわないなぁ~と思ったものです。
稻垣副院長の祖父も、通信兵として戦艦に乗って戦地に赴いておられます。
話をお伺いしますと、悲惨な様子よりもむしろ青春時代の一コマを語るかのように楽しげなのですよ、これが。
細くって小柄な人でしたが、こんな人には、かないませんよ。ホンマのところ。
実母も、兵庫県姫路市の空襲で、辛くも生き残った内の一人でした。
食べるものどころか水さえない。
もちろん、寝るところもない。
広島郊外の疎開先では、B29の飛来から原爆投下、きのこ雲、避難してきた全身やけどの人々。
まだ幼い小学生だった母親が語る体験と光景から伝わってくるものは、やはり人が生きようとするたくましさでした。
どんなことがあっても、生きる。
人には、実はそんな力が秘められている…
逆境が、その力を引き出してくるのでしょうか。
どんな時代でも状況でも、人がたくましく生きてきた姿には、勇気づけられます。
そのような報道も、期待したいですねぇ。
川村淳子さんがシェアした「クローズアップ 現代」
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