日々のしおり

感応と美意識

ひとりごと

昨日のお昼休憩時に、川村淳子先生と淀川河川敷公園に散歩に行ってきたのですが、4月を思わせるような春爛漫といった陽気でした。

上着を置いて出かけたのですが、袖をまくってしまいました。

公園でくつろいでおられる方々のお顔も、晴れ晴れとした明るい笑顔があちらこちらで目に入ってくるので、筆者たちもついつられて、なにやらウキウキとしながら歩いてきました。

前回のブログ、ほ~、罪悪感かいな(笑)でエゴと愛が調和するには、「美意識」がキーワードになるのではないかと、ひらめきで書きました。

ですが、自分で書いときながら、この直感的に感じる「美意識」を言語化・概念化するのは難しいなぁ~と苦慮してました、実は。(笑)

筆者のモットーに「心は安心を、体は充実を、魂は感動を志向する」というのがあります。

この感動する感覚こそが「美意識」ではないかと思うのです。

つまり

美意識 = 魂意識 

だと思うのです。

この画像はごく最近、たまたま帰宅途中でハッとして撮ったものです。

ちょうど雨上がりでしてね、とてもきれいで感動的でした。 (*^-^*)

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トボトボと下を向いて考え事してると、気が付かなかった光景だなぁと、ちょっと幸運な気持ちになりました。

実際は、光の筋がたくさん出ていたのですが、映ってないのが残念ではありますが。

みなさまも、日の出や夕焼けの美しさに心が奪われてしまったという経験をお持ちだと思います。

この光景に触れて、「うつくしい」と意識に映し出してくれるのが「魂」なのだと筆者は感じています。

目の前の現象に「感応」してるのが魂。

自分自身に内包しているものと同じものが目の前に現れたからこそ「感応」してるのですよね。

すると、みなさまもご経験があると思います。

心が洗われた

という経験です。

つづきます。(*^-^*)

画像は、日の出前の早朝散歩時の時のもの。

神秘的でした。

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