ブログ「鍼道 一の会」

筋道と経験 ― 臨床力を育てる二つの車輪【4】

この記事について

鍼道 一の会 基礎医学講座でお話しした内容に、加筆・訂正したものです。

 東洋医学を学んでいると、「とにかく経験を積め」という言葉をよく耳にします。

 確かに経験は大切です。

 しかし、経験さえ積めば臨床力がつくのかというと、実はそうではありません。

 私は長年臨床を続けてきて、経験だけでは臨床力は上がらないと確信をもってお伝え出来ます。

 経験と同じくらい大切なもの。それは「意図性」「筋道」です。

経験だけでは再現できない

 若い頃の私は、とにかく多くの患者さんを診ようと思っていました。

 診れば診るほど上手になる。そう信じていました。

 確かに経験を積めば患者さんの扱いには慣れてきます。

 しかし、ある時気づいたのです。

 同じような症状の患者さんなのに、ある人は良くなる。ある人は変わらない。ある人は悪化する。

 なぜそうなるのかが分からない。

 経験は積んでいるのに、そこから学びが深まっていかないのです。

「なぜ」を考えるための筋道

 例えば腰痛の患者さんが来られたとします。

 自分なりに診察をして、「この人の腰痛はこういう原因だろう」という仮説を立てる。

 そして、その仮説に基づいて治療を行う。

 結果として良くなった。

 その時、なぜ良くなったのか。

 自分の考え方は正しかったのか。

 その確認ができます。

 逆に改善しなかった時も同じです。

 自分のどこに見落としがあったのか。

 仮説のどこが違っていたのか。

 それとも患者さんが大きなストレスの渦中にいて、まだ変化する段階ではなかったのか。

 こうして振り返ることができます。

 筋道があるからこそ、成功も失敗も学びになります。

まぐれ当たりでは成長できない

 臨床では、たまたまうまくいくことがあります。

 私も若い頃は何度も経験しました。

 腰痛の患者さんにひらめきで鍼をしたら良くなった。

 肩こりの患者さんに直観的に鍼をしたら楽になった。

 患者さんは喜んで帰られる。

 ところが次に同じような患者さんが来ても、同じ結果になるとは限りません。

 前回なぜ良くなったのかを理解していないからです。

 これでは再現性がありませんし、患者さんの変化に対応することができません。

 再現できない成功は、経験値にならないのです。

筋道のある経験は理論を深める

 筋道を持って経験を重ねると、経験が理論を育ててくれます。

 最初は本で学んだ理論だったものが、患者さんとの出会いによって少しずつ立体的になっていく。

 そしてまた、その理論をもとに次の患者さんを診る。

 するとさらに理解が深まる。

 経験が理論を育て、理論が次の経験を導く。

 この繰り返しによって、人は成長していきます。

 私はこれを、螺旋階段を上がるような学びだと思っています。

 同じ場所を回っているように見えても、実は少しずつ高い場所へ登っているのです。

師につく意味

 かつて東洋医学では、師について学ぶということが重視されてきました。

 師とは、単に知識を教えてくれる人ではありません。

 筋道を示してくれる人です。

 どのような視点で患者さんを見るのか。

 何を大切にするのか。

 どこに着目するのか。

 その土台となる考え方を伝えてくれる存在です。

 私自身も、これまで多くの先生方とのご縁によって育てていただきました。

 そして今振り返ると、技術以上に大きかったのは、「人をどう見るか」という視点を学ばせていただいたことです。

自分自身の道を創る

 もちろん、いつまでも師と同じである必要はありません。なぜなら、人それぞれに得意とする感性が異なるからです。

 ですから独り立ちをしたのちに経験を積むにつれて、自分なりの見方、自分なりの治療観が育ってきます。

 私も長年臨床を続ける中で、北辰会で学んだこと、様々な先生方から教わったこと、そして自分自身の経験を重ねながら、少しずつ自分なりの体系を作ってきました。

 稲垣先生には稲垣先生の道があります。

 江見先生には江見先生の道があります。

 私には私の道があります。

 しかし根っこは同じです。

 自分も患者さんも共に幸せになること。

 そのために鍼灸を役立てること。

 この願いだけは変わりません。

 みんなそれぞれに自分の個性が生きる臨床を行う。これこそが東洋医学だと私は考えています。

自分の筋道を育てる

 東洋医学を学ぶ皆さんに伝えたいことがあります。

 経験を大切にしてください。

 しかし経験だけに頼らないでください。

 必ず、

 「なぜそう考えたのか」

 「なぜそう感じたのか」

 「なぜそうなったのか」

を振り返る習慣を持ってください。

 そうすると、一つひとつの経験が宝物になります。

 筋道のない経験はただの蓄積です。

 筋道のある経験は智慧になります。

 その積み重ねが、やがて皆さん自身の臨床の道を作っていくのです。

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