ブログ「鍼道 一の会」

理論は後から生まれた ― 理論と体験

この記事について

鍼道 一の会 基礎医学講座でお話しした内容に、加筆・訂正したものです。

 東洋医学を学び始めると、まず陰陽論や五行論、気血津液といった理論を学びます。
 ところが、学べば学ぶほど不思議なことが起こります。
 知識は増えているのに、患者さんのことが分からない、病気が治せない。
 理論は理解しているはずなのに、実際の臨床では使いこなせない。これらは、私が体験してきたことです。
 これはなぜでしょうか。
 ひとつには、東洋医学の理論が本来生まれた順序と、私たちが学ぶ順序が逆だからです。

理論は体験から生まれた

 陰陽や五行は、最初から存在していた学問ではありません。
 古代の人々が自然や人体を観察し続けた結果、「どうやらこういう法則があるらしい」「こういうくくりでまとめると整理がされる」という体験の積み重ねから生まれてきたものです。

例えば五行論。
 最初に歴史に登場するのは、約3100年前に古代中国の政治哲学や思想の根本を説いた尚書(書経)・洪範においてです。
 そこには、形のないものから形の大なるものへの発展を水→火→木→金→土と表現したことが始まりです。
 その後、五行論は様々な形で用いられてきましたが、紀元前305年頃から紀元前240年頃にかけて、鄒衍(すうえん)が政治思想・自然哲学として完成させ、現在の五行論の原型となりました。

それは、
春は木。
夏は火。
長夏は土。
秋は金。
冬は水。

 これは机の上の理論ではありません。
 自然界を長い年月観察し、春になると草木が芽吹き、夏には勢いよく成長し、秋には収斂し、冬には静かに蓄える。
 そうした自然の姿を見続けた結果、生まれた考え方です。
 つまり理論とは、もともと感覚や体験を文字に置き換え、自然界や事象を認識するために創られたものです。

学ぶ側は逆の道をたどる

 しかし私たちは違います。
 最初に本を読みます。
 授業を受けます。
 理論を覚えます。
 つまり最初に理論や文字から入ります。

 ここに大きな落とし穴があります。
 頭では理解していても、身体感覚で体験していない。
 だから実感が伴わないのです。

 東洋医学では、理論を覚えることも大切ですが、その理論が指している事象を感じ取れるかどうかが大切です。
 稲垣座長がよく言われる、「理論で人は治せないぞ」という言葉も、まさにこのことを意味しています。

 地図を手にして覚えても、実際に自分の足で歩いて地図上の景色と空気を味わい、体験することこそが大事なのです。

春の気を感じてみる

 例えば「春は木の季節です」と学んだとします。
 それだけでは意味がありません。
 大切なのは、例えば春になると自分の心と身体はどう変化するのか。
 それを観察することです。

 春になると何となく外へ出たくなる。
 肩や首が張りやすくなる。
 気持ちがなんとなくうれしくなる。
 そんな変化を感じたことはないでしょうか。

 春とは、種が殻を破って外へ地上へと出ようとする季節です。
 自然界の木気が最初はゆっくりと。そして次第に勢いを増して上へ外へ向かう時期です。
 人間もまた自然の一部ですから、その影響を受けます。

 理論で学んだ「木気の上昇・発陳の気(万物が伸び出る気)」を、自分自身の身体で体験する。
 その瞬間、理論は初めて生きた知識になります。
 すると患者の脈をはじめとする身体の変化が、実感を伴ってはっきりと術者の心象に映るのです。

自分の身体が最高の教科書

 季節の変わり目に身体が重くなる。
 夜更かしすると目が乾く。
 少ししか食べていないのに胃がもたれる。
 緊張が続くと肩が凝る。

 こうした日常の出来事を、「なぜそうなるのだろう」と東洋医学の視点で考えてみる。
 すると理論が少しずつ感覚から理論の実感・体験に変わっていきます。

 例えば夜更かし。
 東洋医学では陰が消耗し、陽が相対的に亢進した状態と考えます。
 これは本を読めば理解できます。しかし実際に夜更かしをすると、
 目が乾く。
 身体は疲れているのに気が昂って眠れない。
 そんな状態を体験します。
その時、「ああ、これが陰虚陽亢か」と身体で理解できるのです。

理論を感覚へ変えていく

 私たちはどうしても理屈で理解しようとします。
 それは悪いことではありません。
 しかし理論はあくまで入口です。
 大切なのは、その理論が指している現実・事象を感じ取ることです。

 空を見上げる。
 風を感じる。
 季節の変化を味わう。
 自分の身体の声を聞く。
 患者さんの表情を観察する。

 こうした積み重ねによって、理論は少しずつ感覚へと変わっていきます。
 そして感覚を通して実感に変わった理論だけが、臨床の現場で本当に役立つ知恵になります。

 東洋医学とは、知識を増やすことも大切ですが、それ以上に理論を通して自然を感じ、自分自身を感じ、患者と共感するための指南の学問なのです。

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