この記事について
鍼道 一の会 基礎医学講座でお話しした内容に、加筆・訂正したものです。東洋医学には「三才(さんさい)」という考え方があります。
三才とは、
・天(てん)
・人(じん)
・地(ち)
の三つです。
これは単なる観念的な概念ではありません。自然界を観察してきた古人たちは、地上ののあらゆる営みが、この三つの関係性の中で成り立っていると考えました。
そして人間もまた、その例外ではないのです。
天を見る
私たちはつい、患者さんの身体だけを見てしまいます。
しかし東洋医学では、まず「天」を見ます。
天とは、季節
・気候
・気温
・湿度
・風(空気)
・月の満ち欠け
などです。
春には木気が盛んになり、夏には火気が旺盛になる。
秋には収斂し、冬には蔵する。
自然界は絶えず変化しています。
人間の身体もまた、その影響を受けながら生きています。
だから脈を見る時も、「今の季節なら、今日の天気なら、こういう脈になるはずだ」という基準があります。
例えば暑い夏。
本来なら陽気が外へ張り出し、脈は浮きやすくなります。
ところが真夏なのに脈が沈んでいる。
そうすると、「何か外へ張り出せない事情があるのではないか」という見方ができます。
脈だけを見ているのではありません。
体を通じて、その人のメンタルの状態と自然との関係を見ているのです。
地を見る
次に地です。
地とは、その人が生きている環境です。
・家庭
・職場
・学校
・人間関係
・生活習慣
などが含まれます。
患者さんの身体だけを見ていても分からないことがあります。
職場で大きなストレスを抱えている。
家族の介護を続けている。
家族・夫婦との関係で悩んでいる。
そうした環境そのものが病を作っていることも少なくありません。
同じ肩こりでも、単なる筋肉疲労なのか、心労によるものなのか、ストレスで、食べ過ぎているのだろうか。
このように原因によって病理も治療も変わります。
病は身体の中だけで起きているのではありません。
その人が置かれた環境の中で起きているのです。
人を見る
そして最後に人です。
人とは、その人自身の体質であり、性格(気質)であり、人生そのものです。
同じ環境にいても、病になる人とならない人がいます。
同じストレスを受けても、平気な人もいれば、深く傷つく人もいます。
そこには個人差があります。
だから東洋医学では、病を診るのではなく、人を診ます。
胃痛という病ではなく、「なぜこの人が今、胃痛になったのか」を三才で見るのです。
なぜ三才が大切なのか
例えば不眠の患者さんが来られたとします。
現代医学的には不眠症です。
しかし東洋医学では、まず天を見る。
今の季節はどうか。
最近の気候はどうか。
次に地を見る。
その人を取り巻く家庭や職場の環境で何が起きているのか。
そして人を見る。
その人は何に悩み、何を抱えているのか。
すると、単なる不眠という病の背景に、その人特有の不眠が見えてきます。
そこではじめて、本当に必要な治療が見えてきます。
三才は診察室の外にもある
私はよく、「患者さんは診察室に来る前から診察が始まっている」と言います。
前回ブログ 気を読む ― 患者は治療室に入る前から語っている【7】
玄関から入ってくる姿。
歩き方。
声の様子。
表情。
その人の発する空気感。
そうしたものも全部情報です。
三才を意識するようになると、診る世界が大きく広がります。
身体だけを診る医療から、人そのものを診る医療へ。
それが東洋医学の大きな特徴だと思います。
まとめ
三才とは、天・人・地の三つの視点で物事を見る智慧です。
人間は自然から切り離された存在ではありません。
季節の中で生き、
環境の中で生き、
人との関わりの中で生きています。
だから病もまた、身体だけで起きているのではなく、天と地と人の交わる場所で生まれます。
東洋医学とは、その全体を見つめる医学です。
そして術者は、患者さんの身体だけでなく、その人を取り巻く天地人すべてに目を向けることが求められるのです。
おわりに
この連載では、東洋医学を学ぶ上で私が長年の臨床を通して大切にしてきたことをお伝えしてきました。
理論は、体験から生まれました。
だから私たちは、理論を頭だけで覚えるのではなく、自然を感じ、自分自身と向き合い、患者さんを理解しながら体験を通じて学んでいかなければなりません。
経験を積むだけではなく、筋道を持って振り返ること。
良き師から技術だけでなく、ものの見方や思想を学ぶこと。
術者自身が人間として成長し続けること。
患者さんの気を読み、その人の人生に心を寄せること。
そして最後に、天・人・地という三才の視点から、人を丸ごと理解しようとすること。
これらは、それぞれ別々の話ではありません。
すべては、「人そのものを診る」という東洋医学の一つの思想につながっています。
東洋医学は、病だけを追いかける医学ではありません。
症状だけを消す技術でもありません。
目の前にいる一人の人間を理解し、その人が本来持っている生命の力を信じ、その力が十分に発揮できるように手助けする医学です。
だからこそ、東洋医学を学ぶことは、人から学ぶことでもあり、自分自身を学ぶことでもあります。
私自身、四十年近く臨床を続けてきましたが、今もなお学びの途中です。
患者さんから学び、
自然から学び、
そして人生そのものから学び続けています。
東洋医学には、一生かけても学び尽くせない奥深さがあります。
だからこそ面白く、だからこそ歩み続ける価値があるのです。
この連載が、東洋医学を学ぶ先生方にとって、もう一度原点を見つめ直すきっかけとなり、日々の臨床に少しでもお役に立てば、これ以上の喜びはありません。
これからも共に学び、共に成長し、患者さんの幸せのために、この素晴らしい東洋医学を育み続けていきましょう。




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