この17条~19条は、後人の覚書が紛れ込んだものと思われます。
筆者は初学の頃、この条文を恐れて桂枝湯を服用できませんでした。
この条文に記されていることは、おそらく桂枝湯を服用して実際に生じた事例だと考えています。
順次、意訳と解説をしていきます。
【一七条】
若酒客病、不可與桂枝湯、得之則嘔、以酒客不喜甘故也。
若し酒客(しゅきゃく)病めば、桂枝湯を與うべからず、之を得(う)れば則ち嘔(おう)す、酒客は甘きを喜(この)まざるを以ての故(ゆえ)なり。
太陽病証であっても、酒好きの者には桂枝湯を服用させてはいけません。
もし、服用させると嘔気を催します。なぜならば、酒好きのものは、甘いものを好まないからである。
桂枝湯は、服用してみれば分かりますが、甘いシナモンジュースのようです。
とても美味しく感じます。
酒好きの者は、大抵湿熱を持っているので、甘味のものは胃気の停滞を来し吐き気を催すと言っているのですね。
いわゆる、胃の和降作用失調です。
必ずしもこのようなことにならないと思いますが、後人が証を間違って桂枝湯を服用させて起きたことを、覚書として残しておいたものが、紛れ込んだのかもしれません。
【一八条】
喘家、作桂枝湯、加厚朴、杏子佳。六。
喘家(ぜんか)、桂枝湯を作るに、厚朴(こうぼく)、杏子(きょうし)を加うるを佳(よ)しとす。六。
普段から喘(あえぎ=呼吸困難)の症状が出やすいものには、厚朴と杏仁を加えると効果が良い。
方剤名の後に「主之」、方剤名の前に「宜」と記載されている場合とがあります。
「主之」は、証と方剤が一致している場合です。
「宜」は、必ずしも証とは一致しないので、斟酌して方剤を与えなさいと筆者は理解しています。
この条文は、「佳し(よし)」と表現しているので、「厚朴と杏仁を加えると良いよ」と言った、何となく勧められている感じと受け取っています。
仲景先生の文面だと、もっと力強い迫力といいますか説得力を感じるのですが、いかがでしょうか。
しかし、この桂枝加厚朴杏仁湯の条文からは、病態が見えてきません。
前後の条文との脈絡も感じません。
思いあぐねて、異本である『康平傷寒論』を見ると、太陽病証を誤って下した後に現れる病証として書かれています。
『康平傷寒論』に関しては、本ブログでテキストとして使っている『宋版傷寒論』より古いものであるとする説と偽書であるとする説があり、現代もどうやら決着がついていないようです。
ともかくも、桂枝加厚朴杏仁湯は現代も臨床で用いられていますので、少し詳しい病証と病理を知るために、厚朴と杏子の気味をみてみましょう。
さすれば、鍼の応用も見えてくるとの思惑です。
杏子とはアンズの実なのですが、そのままを用いることはありませんので、その種である杏仁に改めます。
厚朴
中医:苦辛温 下気除満 燥湿化痰
増補薬能:苦辛大熱 腹痛 脹滿 胃冷吐逆 しぼり腹 下り腹に
薬徴:胸腹脹満を主治。傍ら腹痛を治す。
杏仁
中医:苦辛温 小毒 苦降・辛散→下気・止咳平喘
増補薬能:辛甘温 胸中の気を快く散ず。
薬徴:胸間停水を主治す。故に喘欬を治す。かたわら短気、結胸、心痛、形体浮腫するを治す。
まず総じて温薬である厚朴をみると、中焦の津液の代謝が低下して脹滿が現れていることが分かります。
場合によっては腹痛が現れますが、脹滿の腹痛なので芍薬(気味・酸微寒)の結実拘急の腹痛ほど痛みは厳しくないだろうと推測できます。
また白朮、茯苓などが用いられていないので、虚の程度と水邪の存在はそんなに大きくないことも推測できます。
また杏仁をみると、杏仁適応の証は胸中に気と津液が充満していることが分かりますね。
では、桂枝加厚朴杏仁湯のもう少し詳しい病証を考えてみます。
桂枝湯証になる前に、素体としてすでにやや正気虚弱による津液代謝低下が存在し、そのために腹満・脹滿と喘=呼吸困難の症状が現れていることが分かります。
そして外邪によって気が上昇し、加えて肌表が鬱しているので、元々存在していた津液停滞が一層助長された状態と推測されます。
おそらく、喘に加えて咳が出るかもしれませんし、透明で希薄な痰の喀出や鼻水も現れても不思議はありません。
その他の随伴症状も、色々と推測できます。
おそらく、心下は軟満でしょう。
脹滿があるので、大便や小便の性状はどうなのだろうとか、気候変化で体調がどのように変わるのだろう、気色は、脈は?とか言った具合です。
よく似た水邪の状態に、小青竜湯証(40条P63)があります。
漢文の読める方は、先回りしてちょっと見ておいて頂くのも良いかと思います。
問診時に、威力を発揮しますので。
鍼で治療するならどのように考えるでしょう。
表に外邪が存在し、しかも裏に正気虚弱と軽度とはいえ水邪が存在しているのですねぇ。
正気虚弱を来した病理機序は置いておくとして、中焦に気を集めて水が動けば良い訳です。
陰邪である水邪が勝って中焦から下焦に溢れているようだと、下に引いた方が良いですね。
表証に対しては、手の三陽の経穴を用いて補瀉を加えると良いと思います。
ここは、色んな考え方があると思います。
表証の治療をして、その後の状態で鍼を加味すると言ったところでしょうか。
【一九条】
凡服桂枝湯吐者、其後必吐膿血也。
凡(およ)そ桂枝湯を服して吐する者は、其の後必ず膿血(のうけつ)を吐するなり。
おおよそ、桂枝湯を服用して嘔吐する場合、その後に膿血を嘔吐する。
この条文も後人の覚書だと思います。実際に、このようなことが起きたのでしょう。
もし桂枝湯証であったとしても、素体として相当厳しい内熱や熱痰が存在していたのだろうと想像できますが、そもそもそのような素体の者が、単純な桂枝湯証を呈するとは考えにくいですね。
おそらく、他に重度の兼症があったはずです。これは誤治の結果だと考えられます。
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