この記事について
メンバー限定「鍼道 一の会」コミュニティー広場で公開していた内容。かつて筆者が実技指導してました教員養成科で行った実験で、症状を一旦悪化させて、元に戻した症例です。
我々臨床家一の会鍼灸院のメンバーは、意図的に鍼を用いて、病を治すことを目指しています。
意図的に治すことが出来るのでしたら、意図的に悪化させ、しかも元に戻すことも出来るはずです。
慢性肩関節痛が抜歯で緩解
教員養成科での授業の一コマです。
慢性の左肩関節痛をお持ちだったY先生。
ある日、Y先生が左上の奥歯の親知らずを抜歯したところ、左肩関節痛が治ってしまったと嬉しそうに肩をグルグル回していたのですね。
この左肩関節痛は、鍼灸学校に入学後、体育の授業で跳び箱を飛ぼうとして手をついた瞬間に発症したとのことです。
Y先生は、野球が大好きなスポーツマンです。
これまで、色々治療してきたのですが、今ひとつすっきりとしなかったという経歴もお持ちです。
さて皆さま、スポーツマンのY先生が、なぜちょっとしたことで左肩関節痛を発症し、慢性化したのだと思われますでしょうか。
ちなみに、瘀血の臨床所見はありませんでした。
慢性肩関節痛の原因
親知らずを抜歯して、なぜ左肩関節痛が治まったのでしょう?
臨床家は、「治ったからよかったね」では済まないのです。
そこに、治る必然性・真の原因を明確にします。
左肩関節痛発症のきっかけは、跳び箱ですが病の本質は、他にあるのではないか?
いわゆる、ぎっくり腰も同様です。
発症に至る必然性・原因が認識できると、きっちり治しきることが出来ます。
Y先生のご性格は、自分を主張して周囲が乱れるくらいなら、自分が我慢するという立派な信念をお持ちの方です。
お聞きしますとお酒を飲まれても、顔色は変わらないとおっしゃいます。
これだけで、素体の状態が分かりますよね。
どのような状態でも、ご自身をしっかり律しておられるのですが、過度になりますと逆に無意識レベルでの気滞を生じることにもなるのですね。
身体的所見は、ここでは詳しく書き切れませんが、目立つのは左脾募(不容穴付近)の肋骨が変形して大きく盛り上がっていること。(長年の気滞であることが分かりますね)
加えて左膈兪を中心に上下に大きく盛り上がっているにもかかわらず、右に比べて表面は弛緩。
邪気は気滞が主で湿痰が従です。
夢分流を学んでおられる専門家の方は、これだけの情報で、おおよその見当がつくと思います。
つまり、素体として左脾募・左膈兪に邪が停滞し、左胸から肩にかけて気血の通りが悪かったという事ですね。
跳び箱に手をついて発症した時というのは、病邪の鬱積がたまたま頂点に達したところだったのだろうと推測することが出来ます。
では親知らずを抜歯した後に肩関節痛が良くなったという事は、どのように考えると理に合いますでしょうか?
抜歯が瀉法に働いたと考えますと、理に合いますね。
ところがこの瀉法、症状が消失したとは言え、あくまで標治にしかすぎないと考えました。
つまり、一時的に緩解しただけということです。
なぜなら、病因となった左脾募・左膈兪の邪は、まだまだ残っていますし、そこに邪が溜まる必然性は何も解決していないからです。
本治を施さなければ今後、時間の経過とともに確実に再発するだろうと予測することが出来ます。
大変申し訳ないのですが、機嫌よく腕を回しているY先生に肩関節痛の緩解は一時的であると水を差しました。
その代わりにY先生には、身体所見を元にご自身の肩関節痛の病理機序を説明し、再発を防ぐための養生をお伝えしました。
膈に存在している邪実を排泄し、取り除くことが本治となりますね。
それを証明するために何をやったかと申しますと、もう一度左肩痛を起こさせるというものです。
肩関節痛を再現する
K先生の実技パートナーは、「鍼道 一の会」会員でもある川越先生。
川越先生と一緒に、検証していただきました。
処置
左列缺5番 横刺 補法 置鍼時間10分
結果
スムーズに動いていた肩から、コキコキと関節音がしてスムーズに動かし難くなり、しかも肘関節・腕関節まで動きが制限されるようになりました。
置鍼の間、左脾募を切診すると、あらかじめ予測していた通り病邪が凝り固まって来ました。
胸とお腹を隔てる膈(かく)に存在する邪実が、気血の流れを阻むからですね。
授業時間の関係で10分しか置鍼できませんでしたが、もう少し置鍼していれば元の痛みは再現できたはずです。
再現した肩関節痛を元に戻す
そして元のスムーズな肩の動きに戻すのに、同側、左京骨(足太陽)置鍼しまして補法。
左上半身でうっ滞してる気を、左下の下半身に気を集めるような手法をおこないました。
これでまた元のスムーズな動きの肩に戻りました。
ちなみに、足太陽膀胱経筋は、肩関節周囲をぐるりと取り囲むように流注していますね。
みなさま、なぜ列欠穴で肩関節痛が悪化し、京骨で元に戻すことが出来たのでしょうか。
経絡で考えるよりも、空間論的にイメージされると分かりやすいかもしれませんね。
ちなみに後日、本治として左章門を瀉しています。
みなさま、どうでしょう、運動器疾患と言えども、素体・背景が視野に入り、しっかりと空間の偏在を捉えていると、いろんなことができると思われませんでしょうか。
東洋医学は、副作用が無くって体に優しい・・・などと言われていますが、そんなことはないのだと認識して頂ければと思います。
鍼で良くすることが出来るならば、鍼で悪化させることもできるはず。
「鍼道 一の会」では、痛む部位への局所治療は一切行っておりません。
症状や病の本質を見極める認識眼とその技術を培う場です。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
Mail: seminar@ichinokai.info
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Twitter: 一の会鍼灸院 https://twitter.com/kanazawa6845957
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