国家試験合格レベルの鍼灸師なら、「不妊」と聞けば「腎虚だな」と考えることでしょう。
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「腎虚」とは何か
「腎虚」という言葉は、「腎」という部分で場所を、「虚」という部分で状態を表しています。
「腎」は、東洋医学における内臓の一つで、生殖能力も含めた生体の底力を貯蔵しているところ。
「虚」は、「実」の対義語で、生命力の不足によって問題が起こっている状態。
「腎虚だ」と考えることは、不妊の原因を「生体の底力が不足しているせいだ」と診断していることになります。
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「不妊」から考え始める癖を付けては駄目
さて、冒頭の「不妊ならば腎虚」という考え方には問題があるのにお気付きでしょうか。
もし、患者さんが、未婚であったり、子供を持たないと決めていたら、どうでしょう?
その患者さんが、生殖能力に不調が出るほど体を弱らせていたとしても……治療者へ、不妊を訴えるでしょうか?
「不妊ならば腎虚」という考え方をしていると、腎虚は、患者さんが妊娠を望めば発見でき、望まなければ発見できない病態になってしまいますよね。
医学における診断としては、それではもちろんおかしい訳です。
「不妊ならば腎虚」という考え方における問題点の一つは、妊娠を望んでいない人の腎虚を見過ごす可能性があること。
医療としての鍼灸がしたいなら、僕らは、「不妊」という不安定な情報以外から「腎虚」を診断できなくてはなりません。
「不妊ならば腎虚」という考え方における二つ目の問題点は、こちらの方がより重大なことですが、「不妊の原因は腎虚だけではない」ということです。
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「実熱」による不妊
まず、「石膏黄連甘草湯」のような漢方薬で、腹や胸を冷やすのが有効とされる不妊があります。
東洋医学を軽く勉強した人にとっては、「冷やすのが有効」というのは意外ではないでしょうか?(不妊だけでなく、失禁にさえそういう場合があるのですよ)
これは、「実熱」でも不妊が起こり得ることを意味しています。
体にたまった余分なエネルギーが、生体の排出能力を高めてしまい、着床や妊娠を難しくしていると解釈できます。
冷たい飲食物を異常に好むとか、心拍や精神状態にある種の不安定さがあるといった情報などを頼りに診断していきますが、『鍼道 一の会』ではこういった診断基準を様々な角度から勉強していきます。
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「血瘀」や「痰飲」による不妊
次に、体にたまった余分な物質が、胎児の生育を障害して起こっていると解釈できる不妊もあります。
これは、東洋医学で「血瘀」や「痰飲」などと呼ばれる病態です。
患者さんから「筋腫がある」とか「ポリープがある」などと聞くと、つい上記の病態と関連付けたくなりますが、そこは慎重にならねばなりません。
「筋腫」や「ポリープ」は古代にはなかった診察法によって発見されるものなので、それらはいったん無いものとして考え、東洋医学における病態ではどれに該当するのか、偏見を持たずに全身状態を把握しながら確定していく必要があります
「不妊」と同じく、診断に影響を与えさせてはならないタイプの情報ですね。
余談ですが、漫画版の『風の谷のナウシカ』の中で、ナウシカは多くの兄や姉の早世の後で初めて無事に生まれ育った娘という設定になっており、ナウシカは自身が健康に生まれた理由を「母体が、兄や姉たちの出産によって、腐海の毒を排出できたから」と語っています。
これはまさに「血瘀」などでも同様で、流産を経てから妊娠に成功する場合があるのは、流産によって血瘀の排出がなされるからだと考えられます。
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「腎虚」と診断する上での注意点!
以上の「実熱」「血瘀」「痰飲」は、「腎虚」とは真逆の治療手段が必要となる、「実」の病態です。
「実」に種類がある以上、「腎虚」にも、更に種類はあります。
腎にエネルギーが不足し、胎児を保持しておく力が無い状態である「腎気虚」。
腎に物質が不足し、胎児を栄養する余裕が無い状態である「腎精不足」。
しかし、上記の「何が不足しているか」よりも、もっと大切な区別があることを、『鍼道 一の会』としては強調しておきたいところです。
それは、「腎虚」には「本物の腎虚」と「見せ掛けの腎虚」があるということです!
人は皆、自分の資金や時間の総量に制約を受けつつも、配分を変えることで、望みの生活をしていますよね。
生命力についても同じことが言え、底力として「腎」に置いておくか、生殖能力を犠牲にしてでも他に回すかは、本人の選択にもよるのです。
「本物の腎虚」とは、子供を持つことを「心」も「体」も「頭」も選択しているのに、腎に不足が見られる状態だと言えるでしょう。
一方、「見せ掛けの腎虚」とは、子供を持つことを「心」か「体」か「頭」かが選択しきっておらず、「腎」以外へ生命力を偏らせている状態だと言えます。東洋医学を勉強したことのある人向けに言うと、要は「気滞」ということですね。
ここの、「本物の腎虚」と「気滞による腎虚」の区別は重要です。
なぜなら、治療手段は真逆になってくるのに、「腰の鈍痛」などの腎虚らしい症状は共通して見られたりするからです。
全身の状況をくまなく診察し、「腎虚でないとおかしい」あるいは「気滞でないとおかしい」という証拠を集めていかねばなりません。
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まとめ:「不妊」などの訴えを聞いた後に取るべき思考法
初学者の方は、今後はぜひ、「不妊」と聞いて「腎虚」と思う前に、まずは「虚か実か」を検証するようにしてください。
「実熱」「血瘀」「痰飲」「腎気虚」「腎精不足」「気滞」の6パターンの中でも、「腎」が問題になるのは2パターンに過ぎません。「腎」という場所の問題は、全身状態のチェックを進めていって、「虚」が確認できた後で初めて意識すれば良いことです。
東洋医学を勉強する時には、「虚か実か」を見分けるためにはどんな情報を頼りにするべきかを常に意識しながら取り組んでいただくのが良いと思います。
- 全身的に虚なのか、実なのか?
- 何が虚あるいは実を起こしているのか?
- どこで虚あるいは実を起こしているのか?
上記の順に診断を進めていくのが、東洋医学におけるスタンダードと言えるでしょう。
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