筆者は、痹論には特別な思い入れがある。
筆者が平成元年に開業して間もないころ、いわゆる関節リュウマチで鍼灸院を訪れる患者が比較的多かった。
が、しかし治療所に訪れたリウマチ患者の願いに反して、ことごとくが治らなかった。
当時、志は高く口は立ったが、それに対して情けないほど腕の無さを痛感する時期となった。
そんな中、良くなって来たな・・・と思っていた患者が、新たに引いた風邪をきっかけに、本篇に記載されている肺痹となった。
日を追うごとに病態は悪化し、しかも患者は病院に行かずに筆者の元に毎日のように通ってくる。
筆者には、術が無く追い詰められたかのような気持ちになり、毎夜眠れない日が続いた。
そしてある日、黒く変色した舌診所見で筆者の限界を感じ、患者に頭を下げ、病院を受診するようお願いした。
幸い一命は取りとめたが、患者は視力を失った。
家人に手を引かれた姿を見た時の、筆者の心の衝撃は今もなお鮮明に生きている。
このような場合、もっと早く他院に送るべきとの意見もあろうかと思う。
しかし筆者は、患者が寄せてくる信頼の思いに、今自分の持てるもので精いっぱい応えようと奮闘した結果である。
今であれば、なんなく治めることができるが、このような患者に、筆者は育ててもらったのだと、感謝の思いと共に、取ろうとしても取りようのない責任を、今も感じている。
<言不可治者、未得其術也>
「治すべからざると言うは、未だその術を得ざるなり」
治らないということは、まだ術が自分のものとなっていないからである。
霊枢、九鍼十二原論の一節である。
以後、当時まだ中医書がまだ一般に出回っていない時代に、簡体字で書かれた「痹病論治学 人民衛生出版」を輸入業者から探し求め、辞書を片手に読み始めたが、それでも自分の中にしっくりと来るものが無かった。
しっくりと来ないまま、臨床を続けるのは、苦しみ以外のなにものでもない。暗中模索とは、このことであると実感した。
そんな長く苦しい時期を経て、やっとしっくりと来るものが見えてきたのは、ようやくここ10数年来のことである。
本篇の痹病は、なにも関節リュウマチだけでなく、膠原病など自己免疫疾患。また感覚麻痺やしびれやを伴う疾患など、その他多くの疾患に対して応用が可能である。
興味深いことに、関節リュウマチで訪れる患者の中には、いわゆる風邪症状を自覚した後に発症した、という方が結構存在しているということである。
また本疾患の患者に限ったことではないが、天候の変化に対し、自分の症状変化を察知して的確に予知することができるのも、これもまた妙であるが、この篇を通読すれば納得がいく。
中医学でいうところの、「同気相求」である。
筆者の認識では、痹病に限らず、弁証による論治は目安にはなるが、論治だけでは治すことは難しい。これは中医学に対する筆者の認識である。
やはり、認識論の基礎である八綱概念を念頭に、実際の患者の全身を、丹念に、丁寧に実際に触れ、気の偏在を具体的に把握するのが第一である。
「患者の身体は、いったい何を表現しているのか」
このような視点で、術者の心に映るものが無いと、やはり治療は難しいというのが筆者の実感する所である。
<陰氣者.靜則神藏.躁則消亡.>
陰氣なる者は、靜なれば則ち神藏し、躁なれば則ち消亡す。
本篇中のこの文言は、金科玉条である。
この文言にハッと気がついてから、これはなにも痹病にだけのことではなく、あらゆる病に通じることであると知った。
現代人のいわゆる関節リュウマチは、心神不寧の長期化に伴う心血虚を伴っている場合が多い。
だが、中医学でいう心血虚の症候は見られない。
また風論に述べられている通り、風邪(ふうじゃ)は百病の長である。
肝気が鬱すれば、風邪は退かないのである。
筆者は、心肝が目付どころと考えている。
人の心までをも如実に表現している、患者の身体を通じてそのように実感するからである。
まことに以て古典は、尊いものである。
ちなみに、一般的に畀と卑を混同して用いられている場合が多く見受けられるが、病態が正しく表現されていない。正しくは、畀→痹であることを付記しておく。
黄帝が申された。
痹は、どのような病理で生じるのであろうか。
岐伯がこれに対して申された。
風寒湿の三気がまじりあって身体を侵し、痹を生じるのであります。
三気の内、風気が強いものは、痛む部位が移動する行痹となり、寒気が強いものは激しく痛む痛痹となり、湿気が強いものは痛む部位が固定する著痺となります。
帝が申された。
なるほど。では五痹というものがあるが、それはどのようなものなのか。
岐伯が申された。
風寒湿の邪気がそれぞれ勝った痹の種別は三種類でありますが、邪気が人体を侵す時期によって、また五に分けることができるのであります。
すなわち、冬に邪を得ると骨痹、春に邪を得ると筋痹、夏に邪を得ると脉痹、夏の土用の至陰に邪を得ると肌痹、秋に邪を得ると皮痹と、分類して認識することができます。
帝が申された。
これら風寒湿の邪気が、五臓六腑にまで深く入り込み、舍ってしまうことがあるが、何の気がそのようにさせるのであろうか。
岐伯が申された。
五臓にはそれぞれの気が合するところがあります。
病となって邪が退かずに長引きますと、合しているその部位から内部の五藏に伝わり、以下に述べますように各五臓に舍るようになるのであります。
骨痹が治らないうちに、再び邪に侵されると、五藏の腎に舍ります。
筋痹が治らないうちに、再び邪に侵されると、五藏の肝に舍ります。
脉痹が治らないうちに、再び邪に侵されると、五藏の心に舍ります。
肌痹が治らないうちに、再び邪に侵されると、五藏の脾に舍ります。
皮脾が治らないうちに、再び邪に侵されると、五藏の肺に舍ります。
いわゆる痹と申しますは、それぞれ五臓の旺する時期に、風寒湿の邪気に重ねて侵されたことによるものであります。
おおよそ、痹が五臓に居座った場合の症状を申し上げます。
肺痹の症状は、胸がもやもやと落ち着かず胸がいっぱいになり、苦しくなるので喘ぎ、吐きます。
心痹の症状は、脉に気血が通じなくなり、胸がもやもやと落ち着かなくなると同時に、心下が詰まり、その部位に動悸を打ちます。
その上突然気が突き上がってくると喘ぐようになり、喉が乾いてゲップがでます。
さらに厥気が上ると、心神を脅かしますので神気が安定せず、恐れの感情を現すようになります。
肝痹の症状は、夜床に就いても気が昂ぶりハッとして驚きやすく、水をたくさん飲んで何度も小便に行くようになります。
さらにあたかも妊娠しているかのように、次第に下腹部が上に引っ張られ膨満します。
腎痹の症状は、よく脹満を来し、うずくまったまま立つことができないので尻が踵から離すことができません。
さらに頭が本来の背骨の高さよりも下がり、背中も丸まって伸びなくなります。
脾痹症状は、手足が無力となってだらりと垂れ下がり、咳をすると胃液を吐き、胸がひどく塞がったかのようになります。
腸痹の症状は、度々水を飲む割に小便に行ってもあまり出なく、飲水と中気があわただしく争いますので、時には小便に行くはずの飲水が腸に走って下痢を起こすことがあります。
胞痹の症状は、下腹部の膀胱付近を按じると、中の方で痛むようであり、小便は熱い湯のように感じ、鼻からは水様性の鼻水が出ます。
陰気と申しますは、本来の性質の静でありますと、神気は治まり各藏に蔵されるものです。
それに反して躁でありますと、治まる所を失って散ってしまい、終には消えて亡くなります。そのような状態で飲食を重ねますと、腸胃は次第に障害されその機能も低下してきます。
淫気と申しますは、邪が深く入り込み、しかも長期間ひつこく居座る、たちの悪い邪気のことであります。
その淫気による喘息は、すでに痹の中心が肺に在ります。
その淫気によって憂思の情が止み難いのは、すでに痹の中心が心に在ります。
その淫気によって小便がもれてしまう遺溺は、すでに痹の中心が腎に在ります。
その淫気により気力も体力も尽きてしまったかのようになる乏竭(ぼうけつ)は、すでに痹の中心が肝に在ります。
その淫気によって肌の色・張り・艶が無くなる肌絶は、すでに痹の中心が脾に在ります。
これら諸々の痹が治らないと、次第に内部に入り込んで盛んとなるものであります。
しかしながら風寒湿の邪気の内、風邪が中心の場合は、比較的治りやすいのであります。
帝が申された。
痹病に罹り、時に死亡する者、疼痛が慢性化した者、また比較的容易に治る者などがいるが、それは一体どのような訳であろうか。
岐伯が申された。
病邪が直接臓に入りますと、死亡いたします。
病邪が筋骨の間に連なる様に留まる場合、疼痛は長引くのであります。
その病邪が、正気に阻まれて深く侵入することができず、体表のごく浅い皮膚にあるようですと、比較的治りやすいのであります。
帝が申された。
その病邪が六腑に舍るのは、どのような訳であろうか。
岐伯が申された。
これもまた同様に、飲食の不摂生、住居の不適切がこの病の根本原因となるのであります。
六腑にもまた五藏と同じく兪穴がございます。
その兪穴に風寒湿の邪気が中り、飲食の不摂生で正気が弱っていると兪穴から侵入し、やがて六腑に舍るようになるのであります。
帝が申された。
鍼を以てこれを治療するには、どのようにすればよいのであろうか。
岐伯が申された。
五藏にはそれぞれ兪穴があり、六腑には合穴があります。
それに応じて分かれている経絡を手で探り、邪気を発するところを探し出します。
そしてそれに従って補瀉の手を加えますと、病は治るのであります。
帝が申された。
栄衛の気もまた、人に痹病を起こさせるのであろうか。
岐伯が申された。
栄気と申しますは、水穀の精気でありまして、これによって五臓は調和を保ち、六腑は潤いを得ることができます。
また栄気は脉に入り気血となって全身を養いますれば、栄気は経絡を通じて上下し、五藏を貫き六腑を絡うことになります。
衛気と申しますは、水穀中の強く荒々しく、しかも猛々しい悍気(かんき)のことであります。
しかも衛気は、慓疾滑利でありまして、潤滑に素早く瞬時に動くという性質を有しております。
したがいまして、衛気は皮膚中や筋間を循り、五藏を包んでいる肓膜を温め、胸腹に広く散じてその機能を全うしています。
ところが、何らかの原因で、その気が逆流しますと病みますが、順調に循れば病であったとしても癒えるのであります。
ですから衛気が順調に循り、風寒湿の邪気を合することが無ければ、痹病とはならないのであります。
帝が申された。
なるほど、よく理解できた。
痹病であっても、痛んだり痛まないもの、不仁(ふじん)であったりまた寒であったり熱であったり、さてまた燥であったり湿であったりと、その病態は様々であるが、その理由はどのようであるのか。
岐伯が申された。
痹病で痛むものは、風寒湿の内の、寒気が多いが故であります。
痹病であるのに、痛みは無く感覚を失う不仁となるものは、病となってから慢性化したものでありまして、それに従って邪気もまた深く入り込んだがためにであります。
すると栄衛の気の流れもまた次第に渋り、時に経絡相互の関係に不調和を来し、通じなくなりますますので、皮膚の感覚機能も失調し、不仁となるのであります。
痹病で寒するものは、元々の素体として陽気少、陰気多であるところに、三邪気の寒邪が加わりますので、寒となるのであります。
痹病で熱するものは、同様に素体として陽気多、陰気少であるところに、三邪気が加わりますと、邪気と激しく抗争し、邪気が勝って退きませんと痹熱となるのであります。
痹病で汗多く、肌表が常に濡れているものは、湿気が湿邪として感応する確率が高くなります。
このような者の素体は、陽気少、陰気多でありますので、風寒湿の内、湿邪が加わりますと、全身が濡れるような汗が多く出るのであります。
帝が申された。
痹病であっても、痛まないものがいるが、どのような訳であろうか。
岐伯が申された。
痹が骨に在りますと、全身が重くなります。
脉に在りますと、血は凝滞して流れなくなります。
筋に在りますと、屈したまま伸びなくなります。
肉に在りますと、感覚麻痺である不仁となります。
皮にありますと、寒となります。
したがいまして、これらの五者は、それぞれの場に単に留まっているだけなので、身体の不調はあっても、痛まないのであります。
しかしながら、先に述べましたように、重ねて邪に侵されますと様相は一変いたします。
一般的に痹病は、寒邪に逢いますと引きつりますが、熱に逢いますと緩むものであります。
帝が申された。
なるほど、あい分かった。
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