鍼灸医学の懐

傷寒十勧

1.傷寒

傷寒十勧

傷寒与他証不同投薬一差生死立判。李子建傷寒十勧不可不知。

人家有病求医未至或無医者、若知此十勧、則不致有誤所益非軽。詳具于後。

<傷寒と他証は同じからず。投薬一の差は、生死立ちどころに判す。李子の建てる傷寒十勧を知らざるべからず。

人家に病有りて医を求めて未だ至らず、或いは医者無きに、若し此の十勧を知れば、則ち誤り有るに致さず、益する所は軽きに非ず。詳らかに後に具す。>

此は鎮江府医官、沈應暘(ちんおうよう)と云う者の『明医秘伝済世奇方万病必愈』と云う書に出せる文なり。

一、傷寒頭疼身熱。便是陽証不可服熱薬。

<傷寒頭疼み身熱す。便ち是陽証なり。熱藥を服すべからず>

傷寒は三陰三陽へ伝る病なり。其の六経の内、太陰病は頭も疼まず身も熱せず。

少陰病は、熱気はあれども頭はいたまず。

厥陰病は頭疼はすれども熱はなし。

故に頭疼身熱共に有るは、是れ陽証にて表の病なり。若し妄(みだり)に熱薬を用ゆれば死亡を致す。

二、傷寒必須直攻毒気不可補。

<傷寒、必ず須(すべから)く直(ただち)に毒気を攻め補うべからず>

傷寒、はやく病邪を攻めること第一の主方なり。毒気退けば夫れにて事すむなり。平日病身なるの元気虚弱のと、毒の盛んなるに補藥を用ゆるはあしし。

三、傷寒不思飲食不可服温脾胃藥。

<傷寒、飲食を思わざるは脾胃を温むる薬を服すべからず>

傷寒の毒はげしき時に、食気の無きは定まりの容体なり。邪気盛んなればなり。餓死の理なし。

苦労する証に非ず。邪気の猛(たけき)を苦労にすべし。食気無きとも脾胃を温め調(ととのう) の薬は必ず用ゆべからず。

四、傷寒腹痛亦有熱証不可軽服温煖藥。

<傷寒腹痛し、また熱証有るは軽々しく温暖の薬を服すべからず>

傷寒の腹痛は、熱邪内結する故なり。腹痛するとも煖(あたたむ)る薬はあしし。毒を攻て取れば愈(いゆる)なり。

五、傷寒自利当看陰陽証不可服補藥煖藥止瀉藥。

<傷寒、自利するは当(まさ)に陰陽の証を看て、補藥、煖藥、止瀉薬を服すべからず>

傷寒の下(くだり)の有るは必ず冷滑に非ず。熱結傍流などと云て邪毒溢れて下る。又初起より自利する有り。是は下りに構わずして表を攻めるなり。葛根湯にてよし。

俗人(一般人)、庸医(ようい つたない平凡な医者)、甚だおそろしきことに取り成して、止瀉の薬を用いて、終に死に至るもの有り。是はこちらから迎えて下すこともあり。

下利、譫語するに大承気と有る、味うべし。陰陽の証をわけて治すべし。邪毒盛なる内は下痢には拘わり居ることならず。

毒に眼をつけるべし。陰証の下痢清穀は附子の主るなり。看法第一なれば明(あきらか) に心得居るべし。

六、傷寒、胸脇痛及腹脹満、不可乱用艾灸。

<傷寒、胸脇痛及び腹脹満するは艾灸を乱用すべからず。>

傷寒の胸膈、或は脇痛、或は腹滿するは、是れ亦(ま)た毒気の為す所なり。内結に属す。下剤になるもの多し。灸をして大に熱毒を増す。火逆と云うになる。満と痛みとは陽実とするなり。

七、傷寒、手足厥冷、当看陰陽不可例作陰証医。

<傷寒、手足厥冷するは、当(まさ)に陰陽を看て例(いず)れも陰証と作して医すべからず。)

傷寒の手足冷るは他証と異するなり。必ず厥冷せば、附子の証とすべからず。

其根、元(もと)熱なれども、物の為に塞がるときは、内雍して四肢は冷る。体厥、或は陽厥と云う。毒を下して乍(たちまち)に手足も温るなり。※謾に四逆輩を用ゆべからず。

※謾(まん)・・・あなどる おこたる

八、傷寒、病已在裏。却不可用薬発汗。

<傷寒、病已(すで)に裏に在り。却って薬を用いて発汗すべからず>

傷寒已に表証なく裏証になりたらば、発汗の剤は悪し。大小柴胡、三承気、白虎などの証になるを云うなり。

九、傷寒、飲水為欲愈。不可令病人恣飲過度。

<傷寒、飲水を為さんと欲するは愈ゆ。病人をして恣(ほしいまま)に飲の度を過ごすべからず。>

傷寒、表已(すで)に解し、渇して冷水を好む。是れ愈えんと欲するの候なり。

好みにまかせ与うべからず。水を禁ずる医あり。是は不学なるなり。

仲景の少々与えて飲ましむと云うを知らざるなり。

呉又可が、表気を達せんと論じたる、白虎の場ならん。

十、傷寒、病初安、不可過飽及労勤、或食羊肉行房事、及食諸骨汁并飲酒。

<傷寒病初めて安んずるは、飽き過ぎ及び労勤、或いは羊肉を食して房事を行う、及び諸骨汁を食し并びに飲酒するべからず>

傷寒は愈ての後も大事なり。少しの事もさわりて再復す。むさとしたることは、何事も用心して吉 (よ)し。過食にて打返すを食復。又心労し、力作して再復するを労復。又房事によるを女労復と云う。

何れも慎むべし。当人は猶更、看病人にも得と教えて置くべし。

怒も悲も深く工夫すること、少も力の入ること、面倒なること皆熱を復す。

士以上は近習侍婢などを叱りなんとし、商人は利分の勘定算盤(そろばん)なんど早く取り出して、再復すること十人に七八人なり。

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