鍼灸医学の懐

玉機真蔵論篇第十九.(3)


 ここでは、『胃の気』の重要性について記述されている。

 『胃の気』については、ここに至るまでに内経医学の中で何度も触れられているが、何故か現代中医学では重要視されていないのが、不思議に思える。
 日本では、この『胃の気』を重視する古流派が多い。
 現代中医学でいう『胃気』と内経医学の『胃の気』は、漢文では共に「胃気」であるが、その意味するところは全く異なる。
 現代中医学でいう『胃気』とは、受納・腐熟・和降の三つの働きにまとめられているが、この『胃の気』に関しては、まったく触れられていない。
 健康人においても、『胃の気』の状態を窺うことは必須。健康状態のレベルが窺えるからである。

 まして重い病の場合は、心がけて窺うべきものである。

 筆者が敬愛している原南陽(1752-1820)もまた、『胃の気』を重視しており、これを窺い知る方法を叢桂亭医事小言の中で述べている。
 現代においては、師:藤本蓮風先生がその著書「胃の気の脈診」森ノ宮医療学園出版部にみることが出来る。
 両書とも、ご一読をお勧めしたい。
原 文 意 訳
 肩・脊椎・腰・大腿骨などの主だった骨が枯れたようになり、背筋や臀部、下腿などの肉は落ちくぼみ、胸中には気が充満して喘ぐよう呼吸となって安らかでなく、呼吸の度に身体が揺れるようであれば、六か月を期に死亡するものである。
 真臓の脉を見れば、それによって死期を予測することができるのである。
 主だった骨が枯れたようになり、主だった肉が落ちくぼみ、胸中には気が充満して喘ぐよう呼吸となって安らかでなく、胸の内が痛んで肩や項にまで響くようであれば、一か月を期に死亡するものである。
 真臓の脉を見れば、それによって死期を予測することができるのである。
 主だった骨が枯れたようになり、主だった肉が落ちくぼみ、胸中には気が充満して喘ぐよう呼吸となって安らかでなく、胸の内が痛んで肩や項にまで響き、さらに発熱して肉は落ちてふくらはぎのように盛りあがった筋肉は破れて軟弱となり、真臓の脉を見れば、十か月の内に死亡するものである。
 主だった骨が枯れたようになり、主だった肉が落ちくぼみ、肩が下がり骨髄が消耗して動作が益々衰えてくれば、真臓の脉が未だ現れなくとも、一年を期に死亡するものである。その真臓の脉を見れば、それによって死期を予測することができるのである。
 主だった骨が枯れたようになり、主だった肉が落ちくぼみ、胸中には気が充満して腹中が痛み、心中が穏やかでなく肩項及び身体が発熱し、盛りあがった筋肉が破れて痩せ衰え、目は落ちくぼんで真臓の脉も現れ、人のみさかえも無いようであれば、たちどころに死するものであります。
 人のみさかえがつくものは、その勝たざる所に至った時に死するものであります。
 何らかの原因で、急に正気が虚し、外邪が突然人に中ったり、中毒や中風になったりして五臓の気が絶えて閉塞し、脉動も通じなくなり、気もまた往来しなくなる場合があるが、それらはあたかも突然高所から墜落したり水におぼれるようなものであるから、その死期を予測できないものであります。

 その脉が絶えてしまって戻らなかったり、あるいは一呼吸に五六回も脉が去来するのは、その身体の肉が衰えず、真臓の脉が現れていなくても、やはり死するものである。


 真肝の脉の去来は、浮枕ともに急であり、刀の刃をなでるように鋭く次から次へとやってくるようであり、また琴の弦を押さえたようでもあります。

 顔色は青白く光沢がなく、体毛が枯れたようになったものは死するのであります。

 真心の脉の去来は、堅く搏ち、ハト麦の粒が連なってやってくるようであります。

 顔色は赤黒く光沢がなく、体毛が枯れたようになったものは死するのであります。

 真肺の脉の去来は、大きくその割に空虚に感じ、羽毛で人の肌に触れたかのように軽い感じがするものであります。

 顔色は赤白く光沢がなく、体毛が枯れたようになったものは死するのであります。

 真腎の脉の去来は、拍動は感じ取ることは出来ますが、時として絶えてしまいます。

 そして指で石を弾くように堅い感じが致します。

 顔色は黒黄色く光沢がなく、体毛が枯れたようになったものは死するのであります。

 真脾の脉の去来は、不自然に柔らかく弱い感じがしまして、脉の去来が一定しないのであります。

 顔色は、青黄色く光沢がなく、体毛が枯れたようになったものは死するのであります。
 これら胃の気の無い真臓の脉があらわれましたら、皆死亡し、治らないものであります。

 黄帝が申された。

 真臓の脉があらわれると死して治せざるなり、と申されたが、その理由はどのようであるか。

 岐伯が申された。

 五臓の精気は、すべて胃から受けているのであります。

 胃と申しますのは、五臓の根であり後天の元気の本であります。

 臓の気と申しますのは、自らの力だけで人体の最高部位にある肺、そのあらわれである寸口の脉=手の太陰に達することが出来ないのであります。

 必ず胃の気の力によって、手の太陰に達することが出来るのであります。

 従いまして通常は、五臓が旺気する時節に胃の気と共に寸口の脉=手の太陰に達するのであります。

 もし邪気が勝つ場合には、当然精気は衰えます。

 ですから病の甚だしいものは、胃の気と五臓の精気とが一緒になって寸口脉=手の太陰に達することができません。

 このような道理でありますから、真臓の脉だけが寸口にあらわれましたら、病が臓の精気に勝っている状態でありますから、死するのであります。
 帝が申された。 よく理解できた。
 
 
原文と読み下し
 

大骨枯槁.大肉陷下.胸中氣滿.喘息不便.其氣動形.期六月死.眞藏脉見.乃予之期日.

大骨枯槁.大肉陷下.胸中氣滿.喘息不便.内痛引肩項.期一月死.眞藏脉見.乃予之期日.

大骨枯槁.大肉陷下.胸中氣滿.喘息不便.内痛引肩項.身熱.脱肉破(月囷).眞藏脉見.十月之内死.

大骨枯槁.大肉陷下.肩髓内消.動作益衰.眞藏未來見.期一歳死.見其眞藏.乃予之期日.

大骨枯槁.大肉陷下.胸中氣滿.腹内痛.心中不便.肩項身熱.破(月囷)脱肉.目匡陷.眞藏見.目不見人.立死.其見人者.至其所不勝之時.則死.

※新校正にならい眞藏未來見につくる。

大骨枯槁し、大肉陷下し、胸中に氣滿ち、喘息して便ならず、其の氣形を動ずれば、六月を期して死す。眞藏の脉見われれば、乃ちこれを期日に予す。

大骨枯槁し、大肉陷下し、胸中に氣滿ち、喘息して便ならず、内は痛みて肩項に引くは、一月を期して死し。眞藏の脉見われれば、乃ちこれを期日に予す。.

大骨枯槁し、大肉陷下し、胸中に氣滿ち、喘息して便ならず、内は痛みて肩項に引き、身熱し、脱肉し(月囷)(きん)破る。眞藏の脉見われれば、十月の内に死す。

大骨枯槁し、大肉陷下し、肩髓の内に消え、動作益ます衰う。眞藏來たりて見われれば、一歳を期して死す。其の眞藏見われれば、乃ちこれを期日に予す。

大骨枯槁し、大肉陷下し、胸中に氣滿ち、腹の内痛み、心中便ならず、肩項身熱し脱肉し(月囷)(きん)破れ、目匡(もくきょう)陷し、眞藏の脉見われれば、目に人を見ざるは、立ちどころに死す。其の人を見る者は、其の勝たざる所の時に至りて、則ち死す。

急虚身中卒至.五藏絶閉.脉道不通.氣不往來.譬於墮溺.不可爲期.

其脉絶不來.若人一息五六至.其形肉不脱.眞藏雖不見.猶死也.

急に虚し身に中たること卒(にわか)に至れば、五藏は絶閉し、脉道は通ぜず、氣は往來せず。譬えば墮溺の如く、期を為すべからず。

其の脉絶して來らず、若しくは人の一息に五六至るは、其の形肉脱せず、眞藏見われずと雖(いえ)ども、猶お死するなり。

眞肝脉至.中外急.如循刀刃責責然.如按琴瑟弦.色青白不澤.毛折乃死.

眞心脉至.堅而搏.如循薏苡子累累然.色赤黒不澤.毛折乃死.

眞肺脉至.大而虚.如以毛羽中人膚.色白赤不澤.毛折乃死.

眞腎脉至.搏而絶.如指彈石辟辟然.色黒黄不澤.毛折乃死.

眞脾脉至.弱而乍數乍疎(疏).色黄青不澤.毛折乃死.

諸眞藏脉見者.皆死不治也.

眞肝の脉至ること、中外急にして刀刃に循(したが)うが如く、責責然として、琴瑟(きんしつ)の弦を按ずるが如し。色は青白にして澤ならず。毛折れるは乃ち死す。

眞心の脉至ること、堅にして搏ち、薏苡子に循うが如く、累累然として、色は赤黒くして澤ならず。毛折れるは乃ち死す。

眞肺の脉の至ること、大にして虚、毛羽を以て人膚に中るが如く、色は白赤くして澤ならず。毛折れるは乃ち死す。

眞腎の脉の至ること、搏ちて絶すること、指にて石を彈くが如く、辟辟然たり。色は黒黄にして澤ならず。毛折れるは乃ち死す。

眞脾の脉の至ること、弱にして乍(たちま)ち數、乍ち疎(疏)。色は黄青にして澤ならず。毛折れるは乃ち死す。

諸もろの眞藏の脉見われる者は、皆死して治せざるなり。

黄帝曰.見眞藏曰死.何也.

岐伯曰.

五藏者.皆稟氣於胃.胃者五藏之本也.藏氣者.不能自致於手太陰.必因於胃氣.乃至於手太陰也.故五藏各以其時自爲.而至於手太陰也.

故邪氣勝者.精氣衰也.故病甚者.胃氣不能與之倶至於手太陰.故眞藏之氣獨見.獨見者.病勝藏也.故曰死.

帝曰善.

黄帝曰く。眞藏見わるれば死すと曰くは、何んなるや。

岐伯曰く。

五藏なる者は、皆氣を胃に稟(う)く。胃なる者は、五藏の本なり。藏氣なる者は、自ずから手太陰に致すこと能わず。必ず胃氣に因りて、乃ち手太陰に至るなり。故に五藏各おの其の時を以て自ずから爲して手太陰に至るなり。

故に邪氣勝つ者は、精氣衰うなり。故に病甚だしき者は、胃氣これと倶に手太陰に至ること能わざるなり。故に眞藏の氣獨り見わる。獨り見わる者は、病は藏に勝つなり。故に死と曰く。

帝曰く、善し。

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