鍼灸医学の懐

玉機真蔵論篇第十九.(4)

 

 いよいよ最終段であるが、ここでもまた極めて重要なことがいくつか記載されている。
 患者と相対して、症状がどのようであるのかということよりも、体つきや顔色、脉の状態などから正気と病邪の盛衰をまずしっかりと掴むことの重要性が説かれている。
 そして「胃の気」については、いよいよここで 『 脉弱以滑.是有胃氣.』 と具体的に表現されている。
 歴代の医家の中には、「和緩の脉」と表現した文献も見られる。
これはいったい、どのような脈状なのであろうか。
 
指先に感じる脉の手当りは、極めて主観的なものであるため、言葉で表現し伝えるのには限界がある。
 
筆者の主観で表現すれば、「緩脈にツヤのあるもの」ということになる。
 
患者に胃の気が明確に出ている時、弟子に脈を取らせると「緩脈にツヤのあるもの」という感覚が言語を超えて伝わる。
 
師に就かず独学の道を歩む者は、「胃の気」の概念をしっかりと認識し、これを意識しながら診ていくと、自ずと手に入って来るものである。
 
「胃の気」の対極にある脈状は、重病であればあるほど生き生きさが失われ、堅く枯れた感じがするものである。これは、緩脈にも現れる。
 
さらに四時=四季に応じた脉に関しては、確かにうなずけるところは多い。
が、現代人は不自然な環境に身を置いているので、中々五臓の脉を噛分けるのは困難である。
筆者が臨床で、有用であると感じるのは以下のところである。
「春夏において脉沈濇秋冬にして脉浮大なるを、名づけて四時に逆すと曰く。
 
熱を病みて脉靜。泄して脉大。脱血して脉實、病は中に在りて脉實にして堅。
 
病は外に在りて脉實にして堅ならざる者は、皆治し難し。」
 
このくらいざっくりとした概念であれば、そこそこの者でも噛分けるのはそう難しくないと思う。
さらに、難治と判断したら、自信をもってあらかじめ患家に伝えることも大切な医家の務めである。
 
最後に、死証である五実・五虚の回復の兆候が記載されているが、簡単なことであっても知っているのと、知らないでいるのとでは、天地ほどの開きがある。
 
そして回復の兆候がみられたら、この段の初めに戻り、当然に「気の盛衰、顔色の色艶、脉の虚実」にも変化が現れることを確認するのである。
 
常に部分と全体との視野を維持することが、重要であると筆者は感じる。
 
最後に、真臓の脉を噛分けるのは、筆者の腕では至難の業である。
 
例えば肝の脉である弦脉は、肝の臓の状態に関わらず正気と邪気が激しくせめぎあい、抗争が盛んであればあるほど細く堅くなる傾向にある。
さらに限度を超えると、陰陽の転化が起こって締まりのない緩脈となる。
 
そうそう遭遇することはないが、これは完全に正気が負けている状態であるから、危険の事態である。
 
さらに患者が、西洋薬を服用していれば不自然な脉を搏ってくるので、そのことも十分踏まえて察することも重要である。
 
 
 
原 文 意 訳
 
 
 黄帝が申された。
 おおよそ病を治療するに当たっては、その肉体の肥痩や気の盛衰、顔色の色艶、脉の虚実、急性病か慢性病であるのかなどを観察して治療を行うのである。
 肉体と気の状態が相応じていれば、これは治療のやりがいがあるものである。
 顔面に現れる色艶が、体表の浅い所に浮いているように感じ、光沢のあるものは、病も浅く治りやすいものである。
 脉が四時の気に応じておれば、これもまた治療のやりがいがある。
 脈状がやや弱いように感じて滑であるのを、これを胃の気が有り、と判断する。
胃の気が有れば、治りやすい。
その際、今の時候の気を意識しながら脉を取るのである。
 
反対に肉体と気の状態が相応じていなければ、これは治りにくいものである。
 顔面に現れる色艶が、体表から沈んでいるように感じ、光沢もまた無ければ、病も深く治りにくいものである。
 脉が実で堅いものは、病が益々甚だしくなるものである。
 脉が四時の気に応じていなければ、治療しても治らないものである。
 この四種の難治の証をよくよく吟味し、難治であると察したのであれば、これをあらかじめはっきりと患家に告げなければならない。
 脉において、いわゆる四時に反しているということは、春に肺の脉が見われ、夏に腎の脉が見われ、秋に脾の脉が見われ、冬に脾の脉が見われるなどということである。
 さらにその去来が、時として絶えたり、沈んで渋り至るような脉は、これもまた四時に反しているとみなすのである。
 また五臓の脈状をはっきりと見わさない上に、春夏に沈濇の脉を搏ち、秋冬に浮大の脉を搏つのは、ちょうど四時の気の状態と真逆の脈状であるので、四時に反しているというのである。
 
 さらに、熱病であるにも関わらず、脉が静かであったり、
 
 下痢をしているにも関わらず脉が大きく搏っていたり、
 
 大出血をしているにも関わらず脉が実であったり、
 
 病が内にあるのに実で堅い脉を搏っていたり、
 
 病が外にあるのに実で堅くないものは、
 
 症状と脉が相反して一致しないので、全て難治の証である。
 
 
 黄帝が申された。
余は虚実を以て死生を決すと聞いているが、願わくばそのあたりのいきさつを聞かせてもらえないものだろうか。
 
 岐伯が申された。
五実は死し、五虚もまた死するものでございます。
 帝が申された。
願わくば、その五実と五虚について聞かせてもらえないだろうか。
 岐伯が申された。
 脉が盛んであること。皮膚に熱があること。腹が脹っていること。大小便が通じないこと。胸がつかえて目がはっきりと見えないこと。これらを五実と申します。
 脉が細い。皮膚が冷たいこと。気が少ないこと。大小便が垂れ流しとなること。飲食が喉を通らないもの。これらを五虚と申します。
 帝が申された。 
このような状態であっても、時に生きる者があるのは、どうしてなのだろうか。
 
 岐伯が申された。
 水分やおもゆが胃に入り、二便の垂れ流しが止まるようであれば、胃の気が回復した兆しであるので、五虚の者でも助かるのであります。
 また身体から発汗して陽気を発し、大小便が通じることで腑気が巡るようになりますと、五実の者でも助かるのであります。
 
 これらは単純ではありますが、極めて重要な死生の兆候であります。
 
原文と読み下し
 
黄帝曰.凡治病.察其形氣色澤.脉之盛衰.病之新故.乃治之.無後其時.
形氣相得.謂之可治.
色澤以浮.謂之易已.
脉從四時.謂之可治.
脉弱以滑.是有胃氣.命曰易治.取之以時.
黄帝曰く。凡そ病を治するに、其の形氣色澤、脉の盛衰、病の新故を察し、乃ちこれを治し、其の時に後れること無かれ。
形氣相得るを、これを治すべしと謂う。
色澤以て浮なるは、これを已み易しと謂う。
脉四時に從うは、これを治すべしと謂う。
脉弱以て滑。是れ胃氣有り。命じて治し易しと曰く。これを取るに時を以てす。
形氣相失.謂之難治.
色夭不澤.謂之難已.
脉實以堅.謂之益甚.
脉逆四時.爲不可治.
必察四難.而明告之.
形氣相失するを、これを治し難しと謂う。
色夭にして澤ならざるを、これを已み難しと謂う。
脉實にして以て堅。これ益ます甚だしと謂う。
脉四時に逆るを治すべからずと為す。
必ず四難を察して、明らかにこれを告げよ。
所謂逆四時者.春得肺脉.夏得腎脉.秋得心脉.冬得脾脉.
其至皆懸絶沈濇者.命曰逆.
未有藏形.於春夏而脉沈濇.秋冬而脉浮大.名曰逆四時也.
病熱脉靜.泄而脉大.脱血而脉實.病在中脉實堅.病在外脉不實堅者.皆難治.
所謂四時に逆する者は、春に肺脉を得、夏に腎脉を得、秋に心脉を得、冬に脾脉を得るなり。
其の至ること皆懸絶、沈濇なる者は、命じて逆と曰く。
未だ藏形有らず、春夏において脉沈濇秋冬にして脉浮大なるを、名づけて四時に逆すと曰く。
熱を病みて脉靜。泄して脉大。脱血して脉實、病は中に在りて脉實にして堅。病は外に在りて脉實にして堅ならざる者は、皆治し難し。
黄帝曰.余聞虚實以決死生.願聞其情.
岐伯曰.五實死.五虚死.
帝曰.願聞五實五虚.
岐伯曰.
脉盛.皮熱.腹脹.前後不通.悶瞀.此謂五實.
脉細.皮寒.氣少.泄利前後.飮食不入.此謂五虚.
黄帝曰く。余が聞くに、虚實を以て死生を決すと。願わくば其の情を聞かん。
岐伯曰く。五實は死し、五虚も死す。
帝曰く。願わくば五實五虚を聞かん。
岐伯曰く。
脉盛んにして皮熱し、腹脹して前後通ぜずして悶瞀(もんぼう)す。此れ五實と謂う。
脉細にして皮寒く、氣少なくして泄利前後し、飮食入らず。此れ五虚と謂う。
帝曰.其時有生者.何也.
岐伯曰.
漿粥入胃.泄注止.則虚者活.
身汗.得後利.則實者活.此其候也.
帝曰く。其の時に生きる者有るは、何なるや。
岐伯曰く。
漿粥胃に入り、泄注止めば則ち虚する者は活く。

身に汗して後利を得れば則ち實する者は活く。此れ其の候なり。


 

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