鍼灸医学の懐

徴四失論篇第七十八.

本篇は、前篇<疏五過論>に引き続いて、治療者への戒めと理解される内容である。

学校教育で授かった経絡学や東洋医学理論は、有資格者であれば一定のレベルにあります。

この誰でもが知っている程度のことでは、実際の臨床においては不十分であると記されてます。

これは、残念ながら現代においても未だに通用することではないでしょうか。

他は、一読くだされば文意はそんなに難しくは無いと思われます。

本篇も筆者の感性に従って、大胆に意訳の手を加えております。

読者諸氏のご意見・ご感想を期待しております。

         原 文 意 訳

黄帝が政務を司る明堂にお出ましになり、雷公はその傍らに座しておられた。 

  そして黄帝が以下のように申された。

 そちは数多くの書を読誦して通じ、広く多くの医術を授かっておることであろう。試しに治療が非常に奏功した場合と失敗した場合の理由を申してみよ。

 それに対して雷公が申された。

 経典に記されていることに循(したが)うことと、師から授かった治療の業は全て完璧であります。そうであるにもかかわらず、治療に際して過失を犯してしまうことがございます。

 これはいったいどういうことなのでしょうか。どうかその理由をお聞かせください。

 黄帝が申された。

 そちはまだ年少者であるため、智慧がまだ十分に働かないのであろうかのう。はたまたそちはよく学んでおるがゆえに、医学各家の数々の論説をうまく比類することができていないのかも知れないのう。

 さて、十二經脉や三百六十五絡脉などは、医師であれば誰でもが明らかに知っていることであり、皆これに従って治療しているものである。

 であるにもかかわらず、十分な治療結果が得られないのは、医師の精神が専らでないばかりか、志意が天道に適っていない、はたまた患者に十分意識が集中していないためである。

 であるから、患者が現している状態と治療者が感じ取る内容とがちぐはぐとなり、挙句に疑義を生じてしまうから、あやういことをしでかしてしまうのじゃ。

 その診察に際しては、陰陽の道理に合致しているか否かなど、その理(ことわり)を会得していないことに起因しているからなのじゃ。

 これが治療に際して足りない一失である。

 次なるは、師について学んでおりながら最後までその学業を終えず、途中で自ずと成ったと勘違いして正法に適わない雑多な術を行い、でたらめな自説を以て道に法ったと言い放つ。

 しかも自説にもとづき病名を改めて己の功績とする。さらには、でたらめに砭石を用いて反って病人を苦しめ、ついには人から責められたり非難されるようになるのである。

   これが治療に際して足りない二失である。

 診察に際しては、貧富貴賤の状況に応じて住居環境の善し悪しや安逸に過ごしすぎていないか、また働き過ぎて過労に陥っているのではないかなど。

 またそれに伴って身体が寒温のどちらに偏っているのか。

 さらに飲食上の適不適やその人がおびえやすいのか勇ましいのかと言ったことが病にどのように関係しているかも知らずに居るとどうなると思うか。

 このような有様であれば、治療の結果に惑うばかりであり、自らこころを乱すことになってしまうのである。

 しかもである、治療者自身のこころが混乱している理由を自ら明らかにできないのである。

 これが治療に際して足りない三失である。

 病を診察する際には、まずはその病が何時どのようにして起きたのかを問診する必要があるのじゃ。

 またさらには、患者が思い煩っていることの有無や飲食の不摂生、何時寝て起きるのか等の生活の乱れ、あるいは何かの中毒にかかっていないか、さてはどのような湯液を服しているのかなどを知ることが必須である。

 それにも関わらず、何も知らずにいきなり寸口の脈を取ったところで、どのような病であるのか分かるはずが無いではないか。

 それなのにでたらめを言って患者を納得させ、その時は何とかごまかすことができても、その後何度治療しても病が治らない。

 そのうちに粗工(粗悪な医師)は、自ら追い込まれて窮することとなるのじゃ。

 これが治療に際して足りない四失である。

 このようにして世間のその医師への悪風評は、千里の果てまでも走り広まってしまうのである。

 それというのも、寸尺の脈診の道理に暗く、診察に人事を察することも無く、天人の道理に基づくことができないので、自然と道理が見えてくる従容とした感覚に自分を包むことができないからである。
 そもそも、ろくに学ぶこともせずしてただ漫然と座り、患者の寸口の脈を取ったところで、五臓の脈をかみ分けられる道理とて無いではないか。

 このようであるから百病ことごとく、病の起こり始めの病因や病理などを的中させることができないのである。

 おまけに自分の無学・無術を顧みること無く、こうなったのは師匠の教えが悪いのだと逆恨みするようになる始末じゃ。

 また師匠の弟子と知る者には、弟子にした師匠への咎を残すことになるのじゃ。

 この故に、治療には理が無いために妄言をまき散らし、この素晴らしい医学を世間に貶めてしまうのじゃ。

 また妄りに治療して、たまたま偶然にでも治るようなことがあれば、愚かな馬鹿は我が意を得たりとして得意になるものじゃ。

 ああ、この計り知れない深遠なる真理よ、誰がその道に通ずることが出来ようか。

 医道の大なるは天地になぞらえ、四海(東西南北の海)に相当するようなものである。

 そちが自分で理解していると思っている道などは、まだまだ机上のものである。明らかなる教えを受けておきながら、まだまだ暗いのお。

        原文と読み下し文

黄帝在明堂.雷公侍坐.

黄帝曰.夫子所通書.受事衆多矣.試言得失之意.所以得之.所以失之.

雷公對曰.循經受業.皆言十全.其時有過失者.請聞其事解也.

黄帝明堂に在り。雷公侍坐す。

黄帝曰く。夫子が通ずる所の書、事を受けること衆多なり。試しに得失の意、これを得る所以、これを失する所以を言え。

雷公對えて曰く。經に循い業を受けるに、皆十全と言う。其の時に過失有る者は、請う其の事の解を聞かん。

帝曰.

子年少.智未及邪.將言以雜合耶.

夫經脉十二.絡脉三百六十五.此皆人之所明知.工之所循用也.

所以不十全者.精神不專.志意不理.外内相失.故時疑殆.

診不知陰陽逆從之理.此治之一失矣.

帝曰。

子年少なく、智は未だ及ばざるや。將(は)た言を以て雜合するや。

夫れ經脉十二、絡脉三百六十五。此れ皆人の明らかに知る所、工の循い用うる所なり。

十全ならざる所以(ゆえん)の者は、精神專らならず、志意に理あらず、外内相い失す。故に時に疑殆(ぎたい)す。

診するに陰陽の逆從の理を知らず。此れ治の一失なり。

受師不卒.妄作雜術.謬言爲道.更名自功.妄用砭石.後遺身咎.此治之二失也.

師に受けて卒(お)わらず、妄りに雜術を作(な)し、謬言(びゅうげん)して道と爲し、名を更(あら)ため自ら功とし、妄りに砭石を用いて、後に身の咎を遺(のこ)す。此れ治の二失なり。

不適貧富貴賎之居.坐之薄厚.形之寒温.不適飮食之宜.不別人之勇怯.不知比類.足以自亂.不足以自明.此治之三失也.

貧富貴賎の居、坐の薄厚、形の寒温に適わず、飮食の宜しきに適わず、人の勇怯を別たず、比類を知らず、以て自ずから亂れるに足りて、以て自ずから明らかにするに足らず。此れ治の三失なり。

診病不問其始.憂患飮食之失節.起居之過度.或傷於毒.不先言此.卒持寸口.何病能中.妄言作名.爲粗所窮.此治之四失也.

病を診するに病其の始めを問わず、憂患、飮食の節を失し、起居の過度、或いは毒に傷られるか先ず此れを言わずして卒(にわ)かに寸口を持しせば、何の病か能く中らん。妄言して名づくるを作す。粗の窮する所と爲す。此て治の四失なり。

是以世人之語者.馳千里之外.不明尺寸之論.診無人事.

治數之道.從容之葆.坐持寸口.診不中五脉.百病所起始.以自怨.遺師其咎.

是故治不能循理.棄術於市.妄治時愈.愚心自得.

嗚呼.窈窈冥冥.熟知其道.

道之大者.擬於天地.配於四海.汝不知道之諭.受以明爲晦.

是れを以て世人の語なる者は、千里の外を馳す。尺寸の論を明らめず、診に人事、

治數の道、從容の葆(ほう)無し。坐して寸口を持し、診は五脉、百病の起始する所に中らず、以て自ずから怨み、師に其の咎を遺(のこ)す。

是れ故に、治は理に循うこと能わず、市に術を棄つ。妄りに治して時に愈ゆれば、愚心は自ずと得たりとす。

嗚呼(ああ)、窈窈冥冥(ようようめいめい)、熟(たれ)か其の道を知らん。

道の大なる者は、天地に擬(なぞ)らえ、四海に配す。汝道の諭(たと)えを知らず、受けて以て明を晦(かい)と爲す。

※葆(ほう) おおう、つつむと訳した。

※窈窈(ようよう) 奥深い

※冥冥(めいめい) 暗い、目に見えない、人知の及ばない

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