鍼灸医学の懐

宣明五氣篇第二十三.

 本篇は、臨床に直接用いて有用な内容が豊富に記されている。

 患者の置かれている状況や労働形態が、その体質や病の状況と密接に関係していることが十分に読み取れ、現代においても、十分応用ができる、普遍的な内容である。

 例を挙げると、現代においては、パソコンの普及によって『久しく視ること、さらに久しく坐る』労働形態が増えている。

 そこから推測されるのは、心肝血虚、脾気虚、いわゆる心脾両虚である。

 症状としては、不安・動悸、不眠・多夢、易下痢・食欲のムラ、手足の倦怠と精神抑うつ状態などが現れる。

 現在急増している、うつ病に相当する。


 また飲食物の味の説は、現代栄養学とは異なって、実際にリアリティーを伴った体験として記されている。

 黒酢健康法であるとかカプサイシンダイエット、酸味のビタミンCなど、偏った味のものを日常的に摂り続けることが、人によってはどれだけ有害であるのかが、推測できる。

 原文の記述は、非常に簡素な記述であるが、内包されているものは臨床家にとっては宝である。

 意訳もまた簡素であるが、だからこそ概念の枠に囚われず、「気」の動きを自由にイメージしてもらえると意図した。

 是非とも臨床に役立てて頂きたいと、願っております。

原 文 意 訳
 
 五味は地気より生じて陰気であります。これが人体に入りますと五臓を養います。この五味はそれぞれ人体に入りて養う臓があります。
 酸味は肝に入り、辛味は肺に入り、苦味は心に入り、鹹味(かんみ=しおあじ))は腎に入り、甘味は脾に入って各臓を養います。これを五入と申します。

 五臓が病みますと、その特有の兆候が現れます。

 心はげっぷ
 肺は咳
 肝はむやみに多言になり
 脾は胸やけ
 腎はあくびやくしゃみ などの兆候が現れます。
 胃気が降りないと氣逆を起こし、しゃっくりが出て、胸が詰まり下焦に気が降りないのでなんとなく頼りなく不安になります。
 大腸と小腸は下痢を起こし、下焦が病みますと溢れるようにたちまち水腫が現れます。
 膀胱の気機が失調いたしますと小便が出なくなり、気虚となって締めることができないと失禁が現れます。
 胆が病みますと怒りっぽくなるという兆候が現れます。  これらを五病と申します。

 五臓の精気がひとつの臓に集中すると、異常な感情的偏りとしての兆候が現れます。

 心に集中すると喜び
 肺に集中すると悲しみ
 肝に集中すると憂い
 脾に集中するとおじけ、おびえるようになり
 腎に集中すると恐れるようになります。  これを五并と申します。
 感情は血を元にした気であります。血虚となっている臓に、精気が集中したことによって引き起こされる現象であります。
 五臓には、それぞれに特徴的な陰陽の偏りがございますので、当然障苦手とする五気がございます。
 心は熱を
 肺は寒を
 肝は風を
 脾は湿を
 腎は燥を、それぞれ苦手といたしまして、これを五悪と申します。

 地気である陰気は、五臓に入り津液を生じるのであります。
 従いまして五臓の状態は、それぞれが作り出す液の状態に現れるのであります。
 心は汗
 肺は鼻水
 肝は涙
 脾は粘性のよだれ
 腎はつばきを作り出します。 これを五液と申します。

 五味は、人の陰気を養うものですが、病態によりましては禁忌がございます。
 辛味は気に走り散じてしまいますので、気虚の病には辛味を多食してはなりません。

 鹹味は血に走り潤し柔軟にいたしますので血が滞ります。ですから、などの病には、鹹味を多食してはなりません。

 苦味は骨に走り乾かしますので、骨髄の病には、苦味を多食してはなりません。

 甘味は肉に走り熱を生み緩めますので、手足の肉が緩み萎えて無力な肉の病には、甘味を多食してはなりません。

 酸味は筋に走り収斂しますので、筋が引きつれたり痙攣を起こすような病には、酸味を多食してはなりません。

 これを五禁と申しまして、多食に過ぎたり偏った気味を摂り過ぎてはならないのであります。

 五臓には、それぞれ主っているところに病を発するのであります。
 例えば静なる陰病は身体の深いところの骨や肉に発しまして、躁なる陽病は血に発します。
 陽病は、冬の主気、寒気の蔵する気によって鬱して発し、陰病は夏の主気、暑気の長ずる気によって表に出て参りまして、発するのであります。これを五発と申しますが、あとは類推してください。

 邪が正気を乱す状態には五つあります。
 邪が陽腑に入りますと狂症となります。

 邪が陰臓に入りますとリウマチや知覚異常を起こすとなります。

 邪が陽腑に一気に迫りますと意識障害を起こす巓疾となります。

 邪が陰臓に一気に迫りますと声が出なくなる言語障害となります。

 邪が陽腑から陰に入ると穏やかで派手な症状は現れません。

 反対に、陰臓から陽腑に出ますと、怒気のように一気に頭に血が上るかのような急激な症状が現れます。これを五乱と申します。

 五邪は、脉象に現れます。

 春に秋の脉を得たとき。
 夏に冬の脈を得たとき。
 長夏に春の脈を得たとき。
 秋に夏の脈を得たとき。
 冬に夏の脈を得たとき。  これを五邪というのであります。
 
 これらはすべて尅される季節の脈でありますので、すべて同じような予後となりますので、治らないものであります。
 五臓には、それぞれ特徴的な精神の気が蔵されております。

 心は神を蔵し
 肺はを蔵し
 肝は魂を蔵し
 脾は意を蔵し
 腎は志を蔵しております。  これを五臓が蔵する所と申します。

 五臓には、部分的に主っているところがございます。

 心は脉を主り
 肺は皮を主り
 肝は筋を主り
 脾は肉を主り
 腎は骨を主っているのでございます。これを五主と申します。

   人は、長時間偏った動作を続けますと、障害されるところがございます。

 久しく視ますと血が障害され
 久しく臥していますと気が障害され
 久しく坐りますと肉が障害され
 久しく立ちますと骨が障害され
 久しく歩きますと筋肉が障害されます。 これを五労によって障害されるところと申します。
 五蔵の気が脉に具体的に象として応じて現れるのを、五脉と申します。 つまり、

 肝脉は弦
 心脉は鉤
 脾脉は代
 肺脉は毛
 腎脉は石 であります。  これが五臓の気が現れた五脈と申します。
 
 
原文と読み下し
五味所入.酸入肝.辛入肺.苦入心.鹹入腎.甘入脾.是謂五入.
五味の入る所、酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、鹹は腎に入り、甘は脾に入る。是れを五入と謂う。
五氣所病.心爲噫.肺爲.肝爲語.脾爲呑.腎爲欠.爲嚔.
胃爲氣逆.爲.爲恐.大腸小腸爲泄.下焦溢爲水.膀胱不利爲.不約爲遺溺.膽爲怒.是謂五病.
五氣の病む所は、心は噫(あい)を爲し、肺は(えつ)を爲し、肝は語を爲し、脾は呑を爲し、腎は欠を爲し、嚔(てい)を爲す。
胃は氣逆を爲し、(えつ)を爲し、恐を爲す。大腸小腸は泄を爲し、下焦は溢れて水を爲し、膀胱不利なれば(りゅう)を爲し、約せざれば遺溺を爲し、膽は怒を爲す。是れを五病と謂う。
五精所并.精氣并於心則喜.并於肺則悲.并於肝則憂.并於脾則畏.并於腎則恐.是謂五并.虚而相并者也.
五精の并する所、精氣心に并すれば則ち喜び、肺に并すれば則ち悲しみ、肝に并すれば則ち憂い、脾に并すれば則ち畏れ、腎に并すれば則ち恐る。是を五并と謂う。虚して相并する者なり。
五藏所惡.心惡熱.肺惡寒.肝惡風.脾惡濕.腎惡燥.是謂五惡.
五藏の惡む所、心は熱を惡み、肺は寒を惡み、肝は風を惡み、脾は湿を惡み、腎は燥を惡む。是れを五惡と謂う。
五藏化液.心爲汗.肺爲涕.肝爲涙.脾爲涎.腎爲唾.是謂五液.
五藏の液を化するは、心は汗を爲し、肺は涕(てい)を爲し、肝は涙を爲し、脾は涎(えん)を爲し、腎は唾を爲す。是れを五液と謂う。
 
五味所禁.辛走氣.氣病無多食辛.鹹走血.血病無多食鹹.苦走骨.骨病無多食苦.甘走肉.肉病無多食甘.酸走筋.筋病無多食酸.是謂五禁.無令多食.
五味の禁ずる所は、辛は氣に走る。氣病辛を多食することなかれ。鹹は血に走る。血病は鹹を多食することなかれ。苦は骨に走る。骨病は苦を多食することなかれ。甘は肉に走る。肉病は甘を多食することなかれ。酸は筋に走る。筋病は酸を多食することなかれ。是れを五禁と謂う。多食せしむることなかれ。
五病所發.陰病發於骨.陽病發於血.陰病發於肉.陽病發於冬.陰病發於夏.是謂五發.
五病の發するところは、陰病は骨に發し、陽病は血に發し、陰病は肉に發し、陽病は冬に發し、陰病は夏に發す。是れを五發と謂う。
五邪所亂.邪入於陽則狂.邪入於陰則痺.搏陽則爲巓疾.搏陰則爲.陽入之陰則靜.陰出之陽則怒.是謂五亂.
五邪の亂す所は、邪陽に入れば則ち狂し、邪陰に入れば則ち痺し、陽を搏てば則ち巓疾と爲し、陰を搏てば則ち(いん)と爲し、陽入りて陰に之(ゆ)けば則ち靜。陰出でて陽に之けば則ち怒する。是れを五亂と謂う。
五邪所見.春得秋脉.夏得冬脉.長夏得春脉.秋得夏脉.冬得長夏脉.※1名曰陰出之陽.病善怒不治.是謂五邪.皆同命死不治.
五邪の見われる所、春に秋脉を得、夏に冬脉、長夏に春脉を得、秋に夏脉を得、冬に長夏脉を得る。※1名づけて陰出でて陽に之くと曰く。善く怒するを病むは治せず。是れを五邪と謂う。皆命を同じくして死して治せず。
※1 「新校正」の錯簡であるとの説を取り、下線部分の意訳を省く。
五藏所藏.心藏神.肺藏魄.肝藏魂.脾藏意.腎藏志.是謂五藏所藏.
五藏の藏する所、心は神を藏し、肺は魄を藏し、肝は魂を藏し、脾は意を藏し、、腎は志を藏す。是れを五藏の藏する所と謂う。
五藏所主.心主脉.肺主皮.肝主筋.脾主肉.腎主骨.是謂五主.
五藏の主る所、心は脉を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肉を主り、腎は骨を主る。是れを五主と謂う。
五勞所傷.久視傷血.久臥傷氣.久坐傷肉.久立傷骨.久行傷筋.是謂五勞所傷.
五勞の傷る所、久しく視れば血を傷り、久しく臥すれば氣を傷り、久しく坐すれば肉を傷り、久しく立てば骨を傷り、久しく行けば筋を傷る。是れを五勞の傷るところ、と謂う。
五脉應象.肝脉絃.心脉鉤.脾脉代.肺脉毛.腎脉石.是謂五藏之脉.
五脉の應象は、肝脉は絃、心脉は鉤、脾脉は代、肺脉は毛、腎脉は石なり。是れを五藏の脉と謂う。
 

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