鍼灸医学の懐

標本病傳論篇第六十五.

 ともすれば、今現在目の前に現れた症状に対して、どのように捉え、どこからアプローチするのかという問題提示されているところです。

 これは、<傷寒論>における原則のひとつである「先表後裏」にも通じる概念であると思います。

 <傷寒論>の原則は「先表後裏」であっても、逆の「先裏後標」にすべき病態であったり、「表裏同治」すべき病態があります。

 これらのことは、原文中の以下の文章に端的に述べられています。

 

「夫れ陰陽の逆從、標本の道たるや、小にして大なり。一を言いて百病の害を知る。

少にして多なり、淺にして博し。以て一を言いて百を知るべきなり。淺を以て深きを知り、近きを察して遠きを知る。標と本とを言うは、易くして及ぶことなし。」

 また病の伝変に関しては、五行論的に解かれていますが、この記述をそのまま臨床に用いるには難があると思います。

 筆者なりに論旨を取るならば、病は一定のものでなく、伝変して変化するものであるから、やはり「陰陽の逆従、標本の道」に法り病態把握し、治療するのが良いと説いていると考えています。

 全体としては、本篇で述べられている標本の考え方の重要性を、改めて認識した次第です。

           意 訳

 黄帝が申された。

 病には、標本の区別があり、刺法にもまた柔逆があるが、これはどういうことであろうか。

 岐伯が答えて申された。

 おおよそ刺法の法則は、まず必ず陽病と陰病を明確に別けることであります。

 そして病が、どのような症状から始まり、新たにどのような症状が加わったのかなどの先病・後病、病の経過を明確に捉えます。

 このような前提を満たしますと、刺鍼に際しては正誤を正確に弁えることが出来ます。

 そしてさらには、標治・本治のどちらを優先し、どちらを後に施すのかが、自由に行えるようになるのであります。

 従いまして、標証を目標として標治を行う場合。

 本証を目標として本治を行う場合。

 本証を目標にして標治を行う場合。

 標証を目標にして本治を行う場合があります。

 

 また、標治を行って治るもの、本治を行って治るものがあります。

 また先病を治して治るもの、後病を治して治るものがありますので、この道理を知って正しく治療を行いますと、疑念すら生じません。

 そして、標本の道理を知れば、どのような治療に治療を施しても、すべて治すことが出来ます。

 反対に、標本の道理を知らないで施す治療を、妄行というのであります。

 陰陽の逆従と標本の道理は、簡素ではありますがその意味するところは広大であります。

 此の道理を心得ておるものが一言語る背景には、あらゆる病の害をすでに知り得ているものであります。

 数少ない症候をサッと聞いただけで多くを推し測ることができますので、語るに僅か一言であっても、すべてを見通しているものです。

 ですから表面から候って深部を知ることが出来ますし、現在の証候を聞いて病を発した過去にまでその見識が及ぶものであります。

 標本の道理は、簡単ではありますが、実際に用いるとなるとなかなか容易ではありません。

 治療して悪化するのは逆であり、効果を得る場合は、従であります。

 先に病が生じた後になって次第に気血が逆乱する場合は、先病を本として治します。

 先に気血が逆乱した後に病を生じたのであれば、本である気血の逆乱を先病として治します。

 先に身体が寒して後に病を生じた場合は、寒証を本として治します。

 先に病を得て後に寒証となった場合は、その先病を本として治します。

 先に身体が熱して後に中満を生じた場合は、邪実が進行するので、後に生じた中満を標として先に治します。

 先に下痢を起こし、後に他病を生じる場合は、正気が泄れますので下痢を本として先に治療します。

 このような場合、必ず時間をかけてでも下痢症状を調え治まってから、その後に生じた病を治すのであります。

 先ず病を得て後に中満とするものは、やはり邪実が進行しますので、中満を標として先に治します。

 先に中満となり、煩心するようでしたら、邪実である中満を本として先に治します。

 人の病の原因には、客気である外邪によるものと、同気である内邪によるものとがあります。

 病を得て大小便が通じなくなっているのでしたら、邪実を通利させるために大小便の不通を標として治します。

 反対に、大小便が通利しておりましたなら、先病を本として先に治します。

 以下、一般的な病の伝変していく証候を述べます。

 心の病は、先ず心痛するのが特徴で、一日しますと肺に伝変して咳をするようになります。

 三日しますと、病は肝に伝変して脇が支えて痛みます。

 五日しますと脾に伝変して大小便が閉塞して通じなくなり、身体が痛む上に重く感じるようになります。

 ここからさらに三日経って治らないようでしたら、死します。冬であれば夜半に、夏であれば日中がその死する時期であります。

 

 肺の病は、喘咳が起こります。

 三日しますと肝に伝変して脇が支えて痛みます。

 さらに一日経ちますと脾に伝変して身体が重い上に痛むようになります。

 さらに五日経ちますと胃に伝変してお腹が脹るようになります。

 さらに十日経って治らないようでしたら、死します。

 冬であれば日没時、夏であれば日の出がその死する時期です。

 

 脾の病は、身体が痛んで重く感じます。

 一日しますと胃に伝変して脹ってきます。

 二日しますと腎に伝変して少腹や腰脊部が痛んで脛がだるくなります。

 三日しますと膀胱に伝変して背部の筋骨が痛んで小便が出なくなります。

 十日経って治らないようでしたら、死します。

 冬でありましたら人が寝静まったころ、夏ですと夕食頃がその死する時期であります。

 

 肝の病は、頭や目がクラクラとしてめまいがし、脇が支えて満となります。

 三日しますと、脾に伝変して身体が重く感じるようになりまして痛みます。

 さらに五日経ちますと胃に伝変してお腹が脹ります。

 さらに三日しますと、腎に伝変して腰脊部や少腹部が痛み、脛がだるくなります

 さらに三日経って治らないようでしたら、死します。

 冬でありましたら、日没時、夏でしたら朝食頃がその死する時期であります。

 腎の病は、小腹や腰脊部が痛み、脛がだるくなります。

 三日しますと、膀胱に伝変して背部の筋骨が痛んで小便が出なくなります。

 さらに三日しますと胃に伝変してお腹が脹ってきます。

 さらに三日しますと、肝に伝変して両脇が支えて痛みます。

 三日経って治らないようでしたら、死します。

 冬でしたら夜明けの頃、夏でしたら夕暮れ時がその死する時期であります。

 胃の病は、お腹が脹滿します。

 五日しますと腎に伝変して少腹と腰脊部が慰安で脛がだるくなります。

 さらに三日しますと、膀胱に伝変して背部の筋骨が痛んで小便が出なくなります。

 さらに五日しますと脾に伝変して身体が重く感じます。

 六日経って治らないようでしたら、死します。

 冬でしたら夜半に、夏は夕方頃がその死する時期です。

 膀胱の病は、小便が止まります。

 五日しますと腎に伝変して少腹が脹り、腰脊が痛んで脛がだるくなります。

 一日しますと、胃に伝変してお腹が脹ります。さらに一日しますと、脾に伝変して身体が痛みます。

 二日経って治らないようでしたら、死します。

 冬は夜明けの鶏鳴の頃、夏は午後過ぎから夕方頃がその死する時期です。

 

 諸病は、上述のように、順序に従って伝変して参ります。

 このように次々に伝変する経過をたどるものは、すべて死期がありますので、刺鍼は行いません。

 ところが病の伝変が一臓の間で留まる場合、例えば木が土に伝変しただけの場合は刺鍼します。

 さらにまた伝変が三、四臓に至るも、そこで伝変が止まるような場合は、刺鍼して治すべきであります。

        原文と読み下し

黄帝問曰.病有標本.刺有逆從.奈何.

岐伯對曰.

凡刺之方.必別陰陽.前後相應.逆從得施.標本相移.

故曰.

有其在標而求之於標.

有其在本而求之於本.

有其在本而求之於標.

有其在標而求之於本.

故治有取標而得者.

有取本而得者.

有逆取而得者.

有從取而得者.

故知逆與從.正行無問.

知標本者.萬擧萬當.

不知標本.是謂妄行.

黄帝問うて曰く。病に標本有り、刺に逆從有りとは、いかなるや。

岐伯對えて曰く。

凡そ刺の方は、必ず陰陽を別ち、前後相い應じ、逆從施すを得、標本相移す。

故に曰く。

其れ標に在りて之を標に求むる有り。

其れ本に在りて之を本に求むる有り。

其れ本に在りて之を標に求むる有り。

其れ標に在りて之を本に求むる有り。

故に治には標を取りて得るもの有り。

本を取りて得るもの有り。

逆を取りて得るもの有り。

從を取りて得るもの有り。

故に逆と從を知れば、正しく行きて問うこと無し。

標本を知る者は、萬擧して萬當す。

標本を知らざるは、是れ妄行と謂う。

夫陰陽逆從.標本之爲道也.小而大.言一而知百病之害.

少而多.淺而博.可以言一而知百也.

以淺而知深.察近而知遠.言標與本.易而勿及.

治反爲逆.治得爲從.

先病而後逆者.治其本.

先逆而後病者.治其本.

先寒而後生病者.治其本.

先病而後生寒者.治其本.

先熱而後生病者.治其本.

先熱而後生中滿者.治其標.

先病而後泄者.治其本.

先泄而後生他病者.治其本.

必且調之.乃治其他病.

先病而後中滿者.治其標.

先中滿而後煩心者.治其本.

人有客氣.有同氣.

小大不利.治其標.

小大利.治其本.

夫れ陰陽の逆從、標本の道たるや、小にして大なり。一を言いて百病の害を知る。

少にして多なり、淺にして博し。以て一を言いて百を知るべきなり。淺を以て深きを知り、近きを察して遠きを知る。

標と本とを言うは、易くして及ぶことなし。

治して反するを逆と爲し、治して得るを從と爲す。

先ず病みて後に逆する者は、其の本を治す。

先ず逆して後に病む者は、其の本を治す。

先ず寒して後に病を生ずる者は、其の本を治す。

先ず病みて後に寒を生ずる者は、其の本を治す。

先ず熱して後に病を生ずる者は、其の本を治す。

先ず熱して後に中滿を生ずる者は、其の標を治す。

先ず病みて後に泄する者は、其の本を治す。

先ず泄して後に他病を生ずる者は、其の本を治す。

必ず且(しばら)くこれを調えて、乃ち其の他病を治す。

先ず病みて後に中滿する者は、其の標を治す。

先ず中滿して後に煩心する者は、其の本を治す。

人に客氣有り、同氣有り。

小大利ならざれば、其の標を治す。

小大利なれば、其の本を治す。

 

病發而有餘.本而標之.先治其本.後治其標.

病發而不足.標而本之.先治其標.後治其本.

病發して有餘なれば、本にしてこれを標とす。先ず其の本を治し、後に其の標を治す。

病發して不足なれば、標にしてこれを本とす。先ず其の標を治し、後に其の本を治す。

夫病傳者.心病.先心痛.一日而欬.

三日脇支痛.五日閉塞不通.身痛體重.

三日不已死.冬夜半.夏日中.

夫れ病の傳うる者は、心病むは先ず心痛す。

一日にして欬す。三日にして脇支痛す。五日にして閉塞して通ぜず、身痛し體重す。

三日にして已えざれば死す。冬は夜半、夏は日中。

肺病.喘欬.三日而脇支滿痛.

一日身重體痛.五日而脹.

十日不已死.

冬日入.夏日出.

肺病めば、喘欬す。三日にして脇支滿して痛む。

一日にして身重く體痛す。五日にして脹す。

十日にして已えざれば死す。

冬は日入、夏は日出。

肝病.頭目眩.脇支滿.三日體重身痛.

五日而脹.三日腰脊少腹痛.脛痠.

三日不已死.

冬日入.夏早食.

肝病めば、頭目は眩(くら)み、脇は支滿す。三日にして體重し身痛す。

五日にして脹す。三日にして腰脊少腹痛み、脛痠(さん)す。

三日にして已えざれば死す。

冬は日入、夏は早食。

脾病.身痛體重.一日而脹.

二日少腹腰脊痛.脛痠.

三日背月呂筋痛.小便閉.

十日不已死.

冬人定.夏晏食.

脾病めば、身痛し體重す。一日にして脹す。

二日にして少腹腰脊痛み、脛痠す。

三日にして背【月呂】筋痛み、小便閉す。

十日にして已えざれば死す。

冬人定、夏晏食。

 

腎病.少腹腰脊痛.【月行】痠.三日背月呂筋痛.小便閉.

三日腹脹.

三日兩脇支痛.三日不已死.

冬大晨.夏晏昳.

腎病めば、少腹腰脊痛みて【月行】痠す。三日にして背【月呂】筋痛み、小便閉す。

三日にして腹脹る。

三日して兩脇支痛す。三日にして已えざれば死す。

冬は大晨、夏は晏昳(あんてつ)。

胃病.脹滿.五日少腹腰脊痛.【月行】痠.

三日背月呂筋痛.小便閉.

五日身體重.

六日不已死.

冬夜半後.夏日昳.

胃病めば、脹滿す。五日にして少腹腰脊痛み、【月行】痠す。

三日にして背【月呂】筋痛み、小便閉す。

五日にして身體重し。

六日にして已えざれば死す。

冬は夜半後、夏は日昳。

膀胱病.小便閉.五日少腹脹.腰脊痛.【月行】痠.

一日腹脹.

一日身體痛.

二日不已死.

冬鷄鳴.夏下晡.

膀胱病めば、小便閉ず。五日にして少腹脹し、腰脊痛みて【月行】痠す。

一日にして腹脹す。

一日にして身體痛む。

二日にして已えざれば死す。

冬鷄鳴.夏下晡.

諸病以次是相傳.如是者.皆有死期.不可刺.間一藏止.及至三四藏者.乃可刺也.

諸病は次(ついで)を以て是れ相い傳う。是の如き者は、皆死期有り。刺すべからず。一藏間に止まり、及び三四藏に至る者は、乃ち刺す可きなり。

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