鍼灸医学の懐

生気通天論(三) – 人は小宇宙(2)

解説と意訳

 西洋医学では、人間の中枢は脳にあると考えていますが、東洋医学では心の臓にあると考えています。
ここに『神』が宿るとしているのです。
 心の蔵は、胸郭部にあって、消化器がありません。ですから、胸郭部は自然界の天に相当するという発想になるのです。
 ですから人間はこの心の臓の働き、すなわち神気が体全体の状態を支配すると考えています。
 神は、恬憺虚無(てんたんきょむ=わだかまりがなく、すっきりとした状態)、心の奥まで透き通って見えるような清浄さが、身体の健全に繋がるのだと説く。
 
 前篇、四気調神大論の四季の考え方の流れを受け、寒気・暑気・湿気の時候の養生法と注意点、現れやすい症状などが記述されています。
 ところが、結局は心の状態がとても大切だと説いていますが、さて皆さま、いかがでしょうか。
 
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 原 文 意 訳
 
 人体の陽気の性質と働きは、天と太陽のような関係である。
天の太陽の運行が異常となれば、自然界はたちまち暗くなるように、元気な人の寿命も、途中で折れるかのように死んでしまうの
である。
 正常な天の運行は、太陽が正常であるからであり、人体にあっても同じように、心身が安定するのは、身体の陽気が安定して上に
昇り、身体の外をしっかりと守るからである。
 
 寒の環境では、ドアの大きな開閉に比べて、ドアの「ちょうつがい」の回転軸がゆっくりと動くように、心身ともにひそやかに慎み、陽気を
損なわないようにするのが良いのである。
 
起床の時に、ハッとして起きて驚き、忙しく右往左往と、あたかも気が動転するようであると、精神は上に昇って降りてこなくなり、陽気の大元である下半身は冷え上がって陽気が尽きてしまうのである。
 
 暑気が盛んで汗をかくような環境では、事が多くて煩わしく動きすぎると、あえぎ声を出しながら呼吸困難となってしまう。
 反対に、行動的になるべき季節であるのにも関わらず、じっと静かにしていると、発散すべき陽気が内にこもって熱化し、心神を乱してやたら多言になるのである。

 当然身体に触れると、盛んな炭火のように熱くなるが、発汗を促すと内にこもった熱が出ていくので治まるのである。
 
 湿気の多い時期は、首から上が雲に包まれたたかのように、ボーっとしてはっきりしないものである。湿気と熱気が一緒になって人体を侵
して追い払うことができないと、大きな筋肉は縮んで拘攣して動かなくなり、小さな筋肉は反って緩んで伸び切ってしまい萎えて弱々しくなっ
てしまうのである。
 
 陽気が不足すると、体液を動かすことができなくなるので、むくみを生じることになる。手足が思うように動かなくなり、陰邪である体液が
はびこるようになるので、陽気は更に衰退して尽きてしまうのである。
 
 陽気というものは、過度に忙しく繁雑に労働すれば、張りつめてしまって陽気の源である精を使い切ってしまう。夏の暑い時期に何度もこの
 
ようなことがあれば、あたかも煎られたように熱くなって熱中症のような意識障害を起こす。
 
 それは、目は見えなくなり、耳もまた聞こえなくなり、荒れ果てた廃墟のようになってしまい、戻ってこれなくなるのである。
 
 度が過ぎて大いに怒るようなことがあると、気血は正常さを失って上半身にうっ血して、これもまた意識障害を起こしてしまう。
 
 力を用い過ぎて、筋を害すると、緩んでしまって自分の意思で動かせなくなるようになる。体の左右の一側にしか汗が出ない場合は、半
 
身不随になる前兆である。
 
また、発汗したところに湿邪が侵入すると、体表で湿邪と生気がせめぎ合うので、その現象として、あせもが生じるのである。
 
 贅沢に美食が過ぎると、足に大きなしこりのような出来物を生じる。
これは、空の器を持って邪が入ってくるのを待ち受けるかの如くである。
まことに、慎むべきである。
 
 労働をして汗をかいて風に当たるようなことがあると、寒気を受けやすくなり、体は発汗しようとするのに対して寒気が肌表を閉ざすの
で、正邪がせめぎ合い、結果として吹き出物が生じ、肌下に留まれば、ねぶとのような芯のある腫れ物となる。
 
 人体の陽気は、澄んで穏やかであれば生命全体の気、すなわち神を養うものである。同じく穏やかであれば筋を養ってふくよかであるこ
 
とが出来る。
 
 ところが陽気が失調し、毛穴の開閉に異常を来たすと、寒気が体表に留まって気の流れを阻み、身体が前かがみに曲がってしまう、い
 
わゆる「せむし」になるのである。
 
 寒気が脈を侵すとガングリオンのようなしこりが出来、肌肉に留まって連なると、経穴の気の流れに迫って神気に影響し、ちょっとしたこと
で過敏におびえたり、少しのことでハッとして驚くようになる。
 
 飲食物の精微である営気が、寒気によって正常に流れることが出来ずに欝滞すると、癰腫という皮下の出来物が生じる。
 
 出るべき汗が完全に出切らず、体の元気が弱っていれば出るべき陽気が内に欝滞するのでほてりという症状が現れ、同じように経穴が
閉塞すると熱と悪寒が交互にやってくる風瘧になるのである。
 
 これらのように、風は様々な邪気と一緒になって人体を襲い、様々な病変を起こすので、風は百病の始めというのである。
 
 人の心身が、こだわりが無く、澄みきって清浄であれば、体表はしっかりと守られるので邪気を寄せ付けないだけでなく、激しい毒を含んだ大きな風がやってきても、このように内が堅固な人を害することはできないのである。
 
 これらは、いかに四季陰陽の変化に適った生活をしていたのかにより、発病するか無病であるかが決まることである。
 
 従って、病邪が長期間留まれば、次々と深く入り込み、のぼせて足が冷える、足がほてって頭がぼんやりするなど、人体の上下の気が交
流しなくなってしまうと、名医であってもこれを治すことが出来ないのである。
 
 また、陽気が大いに欝滞すると病を来して死に至るのである。
 
 したがってこのような場合、陽気を瀉法という手段を用いて他に移さなければならない。
 
 陽気の性質上、早やかに正確な治療を施さないと、下手な医者は生気を損なって死に至らしめるのである。
 
 人の陽気は、日中は身体の外部にあって外邪から身を守る働きがある。
 
夜明け頃になると、人の陽気が生じ始めるので目が覚め、日中に最も盛んとなるので動き回り、日が西に傾くころになると陽気はもう衰えてくるので、行動は慎み、毛穴は邪気が入り込めないように閉じて来るのである。
 このような理由であるから、日が暮れるとすべてを終えて筋骨を使う労働をしたり、外をうろついて霧や露にまみれて湿邪を招くことの無
いように過ごすべきである。この3つの陽気の推移に反するようなことであれば、肉体は邪気の侵入を許し、差し迫ったように苦しむことにな
るのである。

 原文と読み下し

陽氣者.若天與日.失其所.則折壽而不彰.故天運當以日光明.是故陽因而上衞外
者也.
陽氣なる者は天と日の若し。其の所を失すれば則ち、壽を折りて彰ならず。故に天運は當に
日の光明を以てすべし。是れ故に陽は因りて上ぼり外を衞る者なり。
因於寒.欲如運樞.起居如驚.神氣乃浮.
因於暑汗.煩則喘喝.靜則多言.體若燔炭.汗出而散.
因於濕首.如裹.濕熱不攘.大筋短.小筋弛長.短爲拘.弛長爲痿.
因於氣.爲腫.四維相代.陽氣乃竭.
寒に因りては、運樞の如きを欲し、起居驚の如ければ、神氣は乃ち浮く。
暑汗に因りては、煩すれば則ち喘喝し、靜なれば則ち多言す。體は燔炭の若し。汗出て散
ず。
濕に因りては首、濕に裹れるが如し。湿熱攘わざれば、大筋は(ぜんたん)し、小筋は
弛長す。(ぜんたん)は拘を為し、弛長は痿を為す。
氣に因りては腫を為し、四維相代り、陽氣は乃ち竭きるなり。
陽氣者.煩勞則張.精絶.辟積於夏.使人煎厥.目盲不可以視.耳閉不可以聽.
潰潰乎若壞都.汨汨乎不可止.
陽氣者.大怒則形氣絶.而血於上.使人薄厥.
有傷於筋.縱其若不容.汗出偏沮.使人偏枯.
汗出見濕.乃生痤疿
高梁之變.足生大丁.受如持虚.
勞汗當風.寒薄爲.鬱乃
陽氣なる者は、煩勞すれば則ち張し、精絶す。夏に辟積すれば、人をして煎厥せしむる。
目盲し以って視るべからず。耳閉じて以って聽くべからず。潰潰乎として壞都の若く、汨汨
(いついつ)として止むべからず。
陽氣なるものは、大いに怒すれば則ち形氣絶して血上に(うつ)し、人をして薄厥せし
むる。
筋傷ること有れば。縱みて其れ容れざるが若し。汗出でて偏沮(へんそ)すれば、人を
して偏枯せしめる。
汗出て濕を見れば乃ち痤疿(ざふつ)を生ず。
高梁の變、足に大丁を生ず。受ること虚を持するが如し。
勞汗して風に當れば、寒は薄りて(さ)を爲す。鬱すれば乃ちす。
陽氣者.精則養神.柔則養筋.
開闔不得.寒氣從之.乃生大僂.
陷脉爲瘻.留連肉
兪氣化薄.傳爲善畏.及爲驚駭.
營氣不從.逆於肉理.乃生癰腫.
魄汗未盡.形弱而氣爍.穴兪以閉.發爲風瘧.
故風者百病之始也.清靜則肉閉拒.雖有大風苛毒.弗之能害.此因時之
序也.
陽氣なる者は、精なれば則ち神を養い、柔なれば則ち筋を養う。
開闔得ざれば、寒氣これに從い、乃ち大僂を生ず。
脉に陷すれば瘻を爲す。肉湊留連すれば、
兪氣は化薄し、傳えれば善く畏るを爲し、乃ち驚駭を爲なす。
營氣從わず、肉理に逆えば、乃ち癰腫を生ず。
魄汗未だ盡きず、形弱くして氣は爍(しゃく)すれば、穴兪は以って閉じ、發して風瘧
を爲ず。
故に風なる者は百病の始りなり。清靜なれば則ち肉湊閉拒し、大風に苛毒有りと雖
も、これを害すること能わず。此れ時の序に因るなり。
故病久則傳化.上下不并.良醫弗爲.
故陽畜積病死.而陽氣當隔.隔者當寫.不亟正治.粗乃敗之.
故陽氣者.一日而主外.平旦人氣生.日中而陽氣隆.日西而陽氣已虚.氣門
乃閉.
是故暮而收拒.無擾筋骨.無見霧露.反此三時.形乃困薄.
故に病久しければ則ち傳化し、上下は并せず、良醫も爲さず。
故に陽畜積すれば病みて死す。而して陽氣は當に隔てるべし。隔てたる者は當に寫
すべし。亟(すみ)やかに正治せざれば、粗は乃ちこれを敗らん。
故に陽氣なる者は、一日にして外を主り、平旦にして人氣生じ、日中にして陽氣隆ん。
日西にして陽氣已に虚し、氣門は乃ち閉ず。
是れ故に、暮れれば收拒して、筋骨を擾わすことなかれ。霧露を見るなかれ。此の三
時に反すれば、形は乃ち困薄す。
 
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